目を開ければ、ゆらゆらと光る水面。
 ゆっくり、ゆっくり。体が徐々に沈んでいく。



 ――あぁ、そっか。



 これから、返るんだ。
 日向美咲は消えて、別のモノが支配する。
 ゆっくり、ゆっくり。体が徐々に溶けていく。



 ――あと、どのくらい。



 【私】と言う個は、存在できるだろう。
 残るは思考のみ。全てが無になるなら、それまで――。

 *****

 蓮華が繋げた場所は、自分の世界。屋敷に上条たちを案内すると、門の先で、一人の男が立っていた。

「――ご無事でなによりです」

「相変わらず、心配症だな。これから重要な話をする。ここには誰も近付けるな」

 頷くと、男はすぐにその場から立ち去って行った。

「まずは、シエロを寝かせてくる。リヒトたちは、奥の部屋で待っていてくれ」

 言われたとおり、上条たちは奥の部屋へ進んだ。
 雅は蓮華と共に、別の部屋へ進む。
 雅が案内されたのは、六畳ほどの畳の間。家具は一切無く、生活感が感じられない部屋だ。そこに布団を敷きシエロを寝かせると、蓮華は自分が腕にしていた数珠を外し、シエロの腕に付けた。

「とりあえず、これでよいだろう。――運ばせてすまなかったな」

「いいですけど、どーしてオレに運ばせたんですか?」

「お前がスウェーテの者だからだ」

「……アンタも、オレのこと知ってるの?」

「お前と言うよりは、スウェーテが持つ力についてだな」

「力、ねぇ……」

 雅は以前、上条から一族のことを聞いていた。自分の一族は、いわゆる魔術のようなことが出来る存在。その力を使い、命華と似た力を得たのだと。
 しかし、魔術は万能ではない。いくら似たような力を使えるとはいえ、所詮は紛い物。それに、操るには才能も必要となる。今までそれを知らなかった自分に、そんな力があるのかと半信半疑だった。

「――力のことは、後で教えよう」

 立ち上がり、部屋をあとにしようとする蓮華。それに続かない雅を見て、行くぞ、と声をかける。ようやく反応を示した雅は、蓮華が何を知っているのかと、興味の眼差しを向けていた。



「――では、始めるとするか」



 上条たちが居る部屋に戻るなり、蓮華は早速話を切り出す。まず進められたのは、青年の素姓についてだった。

「話せる範囲でよい。答えてくれぬか?」

 予想外の言葉だったのか、青年は少し、反応に困ってしまった。

「話せぬなら、別に構わぬぞ」

「――いや、話しましょう」

 皆の視線が、青年に集中する。
 そしてゆっくり、青年は自分のことを語り始めた。

「私は昔、ある方に仕えていた。その方は、現世で日向美咲と呼ばれる方。私が主と接触するのは、主が生を終結させる時。他の誰にも邪魔されることなく、主の望みを遂行する為、私は仕えている。あの場でも、主はそれを行おうとした。だというのに……」

 ぎっ、と鋭い視線を叶夜に向ける。

「貴方が邪魔をしたせいで、主は捕らわれてしまった。貴方が出て来なければ、主は望み通りの死を迎えられたというのに」

「――望み通りの、死? お前、本気で言ってるのか?」

「主の望みを遂行する。それがどんな願いだろうと、私に拒否する術は無い」

「大事じゃないのか? 自分が使えるほどの相手に、そんなことを本気で望むのか!?」

 胸倉を掴み、叶夜は青年を睨んだ。
 しかし、青年は冷めた様子で叶夜を見ていた。

「――貴方には、わかりませんよ」

 その瞳は、まるで心を見透かすようだった。