「はははははっ! やはりお前は素晴らしい。傷付いた者を放っておけぬ。己がどんなに傷付こうと、護りぬくその心!それがあるから――お前は、呪われるのだ」



 蔦の速度が上がる。
 片足を絡め取られ、逆さ吊りになる美咲に、間髪入れず、蔦が全身を締め上げていく。

「このような状況でも、苦悶の声すらもらさぬか。折れぬ心――純粋無垢な存在を、この手に」

 立ち上がり、美咲のそばに近寄るディオス。
 歓喜に満ちる彼は、まだこの空間の異常を感知していない。ひんやりと漂う空気。次第に肌を刺す刺激になった時――。



「――――返してもらう」



 声がすると同時。何かが蔦を切り裂く。
 声の主は女性を黒い球体から引き離すと、ディオスから距離を置いた。



「シエロだけでは飽き足らず、子供まで手に入れたいか」



 その声でようやく、ディオスは侵入者の存在を認識した。
 場の空気と同様、冷たい言葉。窓から侵入したその者は女性で、その瞳は、敵意に満ちていた。

「その子は私の子でもある。お前に好き勝手に扱われるのは気にくわぬな」

「誰かと思えば――華鬼の長か。なんだ、目覚めの挨拶でもしに来たのか?」

 不機嫌そうな蓮華。
 シエロを横たわらせると、右手に冷たい空気をまとい、いつでも仕掛けられる体勢になる。

「そう取ってもらって構わない。安心しろ、もうお前に用は無い。二人は、こちらで引き取る」

「そのようなこと――許すはずなかろう?」

「っ!?」

 蓮華の背後に、数匹の黒い影が現れる。身の丈の三倍はあろうかという大きなそれは、蓮華の周りを囲った。

「ふっ。眠り過ぎて鈍ったか? 情けないものだな」

 ディオスの注意は、今蓮華に向いている。その間に、美咲は球体へと近付き始める。
 すると、何処からか豪快に物が壊れる音が聞こえた。徐々に音は近くなり、音の方を見れば――血相を変えた上条と雅がやって来た。



「――――消えろ」



 ゆったりとした、厳かな口調。
 その声のとおり、影は蓮華たちの周りから姿を消した。



「お前も来たのか。――久しいな、リヒト」



 琥珀の瞳をした男、ディオスが言う。



「私を覚えていましたか。――お久しぶりですね、レフィナド」



 答えるのは、紫の瞳をした男、上条だった。

「こうして我ら四人が集まるのは、幾千ぶりだったか?」

 懐かしいものだと、ディオスは小さく笑う。

「あいにく、長居するつもりはありませんので」

 蓮華の元へ駆け寄ると、その場に横たわるシエロに触れようと手を伸ばす。だがそれを、触れるな! と言い蓮華は制した。

「お前の体では、まともに触れれば害がある。――運ぶなら、そこのスウェーテの者に任せろ」

 指名されるとは思ってもいなかった雅は、間の抜けた声をもらす。
 と同時に、目の前にいる者が何故自分のことを知っているのかと、警戒心のある視線を向けた。

「……わかりました。ミヤビ、彼女を運んで下さい」

 頷くと、雅は素早くシエロを抱えた。
 美咲はそれを確認すると、声を大にして叫ぶ。



「――この場から逃げて!」



 閃光が走る。
 壁にひびが入り、美咲とディオスがいる場所と、蓮華たちとの間に、瓦礫が積み上げられた。
 すぐさま助けようとする上条。だが、目の前の瓦礫はびくともしない。
 辺りには、高笑いをするディオスと思われる声だけが響いていた。