「――――ここ、は」



 呟いたのは女性。
 布陣に中央に横たわったまま、無表情でディオスに視線を向ける。

「ここは我の屋敷だ」

「貴方は――――誰?」

 黒く長い髪をした女性。
 視線をディオスから、反対の方へ向ける。そこには自分と同じ女性が寝かされており、彼女は贖罪の念に駆られた。
 あぁ……自分は出てしまった。
 こんなことにならないよう、全部飲み込んだというのに。
 悔しいと感じながらも、それが表情に出ることのないまま、女性は天井を仰ぎ見る。

「叶夜、剣を抜け。箱はそのまま中央に置き、姫は運んでおけ」

 ゆっくりとした足取りで近付き、叶夜は言われたとおりのことをこなした。

「ふふっ……もうすぐだ。もうすぐ、〝本当のお前が完成〟する」

 置かれた箱が、徐々にその形を変化させる。床に流れ出た血を吸い上げ、肥大する箱。そこからは、霧のように形の定まらないモノが、這い出ようとしていた。

 ◇◆◇◆◇

 ――体が重い。
 意識が浮上し、私が最初に感じたのがそれだった。
 視界が開けると、目の前には、自分に馬乗りになっている叶夜君の姿が見える。
 彼の表情は、苦痛に歪んでいた。
 私の首に伸びる右手を、己の左手で制しているという、なんとも奇妙な構図。それに私は、やわらかな声で問う。



「私を――殺すの?」



 叶夜君の青い瞳が、私を見据える。
 視線が絡み合うなり、私はそっと、叶夜君の頬に触れた。

「あの時会った子――だね?」

 返事はない。だが叶夜君は、微かに口元を動かし、何か言葉を呟いたように見えた。

「また、戻ってしまったんだね。私を殺したい? それとも――私の、貞操が欲しいの?」

「っ!?――――あぁ、……ぅ、ぅあ」

 呻き声がもれる。
 今にも泣き出しそうな彼に、私はもう一度、同じことを問う。



「貞操が――欲しいの?」



「ぁ、、っぐ……――――うぁぁああああああっ!!」



 頭を抱え、床へ倒れる叶夜君。もがき苦しむ彼に、私は寄り添い宥(なだ)め始めた。

「血をもらって。そうすればまた、あなたはあなたでいられる」

 口元に、自分の指を差し出す。けれど叶夜君はそれを振り払い、己だけでどうにかしようと抗っている。

「彼の力は強いわ。――――ごめんね」

 無理やり指を口に入れ、なんとか噛ませる。しばらくすると、次は手の平を噛ませ、少しでも血が吸えるようにした。
 次第に落ち着いてきたのか。叶夜君の呼吸が整いだす。

「これ以上は――ここから、吸わないと」

 吸わせていた手を引くと、私は自分の首に触れて見せた。

「少量では、まだすぐに戻ってしまう。――お願い」

 両手を握り、懇願する。
 その言葉に、ようやく反応が返ってきた。



「かなり……量、がっ」



 それでもいいのかと、体を起こしながら叶夜君は聞く。

「今の私も、あの時の私も。あなたを救いたいという思いは同じよ」

「? 何を、言ってる」

「気にしないで。早く吸わないと、回復に時間がいるわ」

 叶夜君の前にいる彼女は、間違いなく私そのもの。だが叶夜君は、どこか妙な気がしていた。

「お前は……美咲じゃあ」

「話は後。今は、体を癒すことだけを考えて」

 真剣に迫られ、叶夜は余計な考えを消した。そして目の前にある首筋に、今度はゆっくり、労わるように歯をたてた。