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 その扉は、深い深い森の中にあった。

 今にも狼が出そうな不気味な森の中。そこにあの絵本と同じ古びた木製の扉があって、ハルカは私の手を引いて、その扉の前に連れていく。だけど

「おや、”名無しのボウヤ”じゃないかぃ」
「「!?」」

 森の大きな木の上から、声が聞こえた。
 真っ黒なローブを着た半透明の”何か”が、ハルカを見て語りかける。

「まさか、帰しちまうのかぃ、その子?」

 その幽霊みたいな生き物は、私達の前まで来ると、ゆらゆらと揺れながら

「あと3分。あと3分~♪ 6時44分まで、あと3分~♪ その時計が止まったら~欲しいものは君のもの~♪」
「何、あれ……っ」
「ゴーストだよ。この扉の門番」

 門番と言ったそれは、扉の鍵らしきものをクルクルと回しながら、顔のない顔面で目を見開く。

「ボウヤは、この子が来るのを、ずっと待ってたんだろう?」
「あぁ、待ってたよ。ずっとずっと何年も、……でも、こんな形で来てほしくなかった」

 そう言ったハルカは、とても苦しそうな表情を浮かべていた。

「どんな形でもぃいじゃなぃか、その子が望んだことさ」
「違う。アンナは望んでない。アンナは、ただ、逃げたかっただけだ」
「……ハルカ、なに言ってるの?」

 意味が分からなかった。
 だけど、ハルカは私の背を押すと、その門番を見つめて

「鍵を開けて、アンナをあっちの世界に帰す」
「ぁ~あ~やっと来たのにぃ~。ボウヤにあの川を渡ってほしいのにぃ~」
「うるさいよ、早く開けて!」
「はぃはぃ。お嬢さん、お嬢さん。帰りたいなら早くしな。後に2分だ」
「アンナ、急いで……!」
「ま、まって! ハルカも一緒にッ」
「ゴメン。僕は──行けない」

 そう言ったハルカは悲しそうに笑って、その後また、私の手を優しく握りしめてきた。

「アンナ、ありがとう。僕に名前を付けてくれて。短い間だったけど、欲しかったものが手に入った。お父さんとお母さんによろしくね。戻ったら、ちゃんと伝えるんだよ」
「伝えるって……何を?」
「自分の気持ち」
「自分の……?」
「うん。我慢しないで伝えて。苦しむ必要はない。耐える必要はない。逃げる方法なら他にいくらだってある。だからもう二度と──こんな方法選ばないで!」
「きゃ──ッ!?」

 瞬間、ハルカが扉をあけた。
 深い深い闇の中、ハルカが強引に私を押しだし手を離せば、私の身体は吸い込まれるように、闇の中に落ちていく。

「ハルカ──ッ!!」

 叫ぶ声と同時に手を伸ばした。だけど、そんな私にハルカは

「またね、アンナ。次、アンナがここに来る時は──」
「え?」

 その言葉を最後に、私が目にしたハルカは、扉の奥で、泣きながら──笑っていた。