「僕と一緒にいたくないんだね」

 キレイに笑って、そう言ったハルカは、今までのハルカとは少し違って見えた。強く握られた手から、底知れない不安が押し寄せてくる。

 ──痛い。怖い。

(ぁ……髪の色)

 その瞬間、ハルカの黒い髪を見て、初めて会った時の違和感を思い出した。思い起こせば、あの絵本の中の男の子は、確かに”青い髪”をしていた。

 すると、そこから一気に絵本と違う箇所を思い出す。

 お菓子の家は、中まで全てお菓子で出来ていたし、ガラスのお城には恐ろしい魔女がいるはずだった。

 虹色の川だって渡れた。シャボン玉の鳥なんて、いなかった。願えば、なんでも出てくる魔法だって、男の子も主人公も二人とも使えなかった。

 じゃぁ、この世界は──?

「アンナ」
「──ッ」

 手により一層力がこもって、私は肩を震わせた。ゆっくりと視線を上げれば、またハルカと目が合った。

「なんで……?」
「え?」
「なんで、なんで、なんで!? なんで、あんな世界のことまだ考えてるの!? あんな残酷な世界の何がいいの!? 忘れてよアンナ、この世界最高でしょ!? 何が嫌?何が不満なの!? お願い行かないで、ずっと僕と一緒にいて!! あと、44分なんだ!アンナの命が尽きるの!! お願い、お願い、僕と一緒にいて! 僕とあの川を渡って、今度こそ一緒に生まれ変わろうよ!!」
「ひ──ッ」

 瞬間、私は弾かれたようにハルカの手を振り払った。鬼気迫るハルカの姿に、ガクガクを身体が震える。

 命? 生まれ変わる? 
 何、言ってるの?

「そう……っ」

 するとハルカが、また小さく呟いた。
 振り払われた手を見つめると

「これが、アンナの”答え”なんだね」

 そういったハルカは、どこか泣きそうな顔をしていた。

「ハ、ルカ……?」
「じゃぁ……急がなきゃ……っ」

 そう言って、苦々しげに、取り出した懐中時計を見つめたハルカは、また私に、手を差し出してきた。

「アンナ、おいで」
「……っ」

 差し出された手を見つめて、私は困惑する。

 何がなんだか分からなかった。
 この手を取っていいのか、いけないのか、それすらも分からなくて、恐怖と不安で、涙でいっぱいになる。

 ハルカは、あの絵本の男の子じゃない。
 じゃぁ──

「あなたは……だれ、なの?」
「……」

 涙ながらに問いかける。だけど、ハルカはそれに答えることはなく

「アンナ、僕を信じて……もう、時間がない」

そう言ってまた、手を差し出してくる。

「っ……ぅ……信じる、って……っ」
「早く行かなきゃ」
「行くって、どこに……っ」
「”扉”が、あるところ」

 そう言ったハルカは、いつものように優しく笑っていて、私は自然と、その手を取ってしまった。