約一年ぶりになるだろう王都に、オーレリアンとリリアーヌは戻った。

 リリアーヌは、夫と子どもたち以外の前では相変わらずベールを被っている。
 使用人でさえリリアーヌの素顔――もとい傷跡を見た者は少ないものの、それについて追及するとオーレリアンによって罰を与えられると周知徹底しているので、誰も何も言わなかった。

「リリアーヌ、おまえはいるだけでいい。俺が公爵とのやりとりをするからな」

 最近ではぽつぽつと話をしてくれるようになったもののやはり無言が多い妻に言うと、彼女はうつむいた。
 伯爵領にいる間にかなり穏やかになった妻だが、王都に戻ったことでまた心が凍り付いてしまったようだ。

(嫌な予感しかしない……)

 リリアーヌの心が本格的に壊れることだけは避けねば、と思ったオーレリアンだが、はたして公爵邸を訪問した二人に与えられたのは、外道としか言いようのない命令だった。

「ブラン伯爵夫人に、公爵家の跡取りを産んでもらいたい」

 シャルルがそのまま年を取ったかのような見目の公爵が真顔で言い、さしものオーレリアンも絶句してしまった。

 公爵曰く、シャルルは離縁した妻にもろくに触れようとせず、ならばと公爵が送り出した令嬢や夫人たちも全て拒絶しているそうだ。

 これでは公爵家の跡取り問題が生じると焦った公爵は、かつて息子の部下だった女性――リリアーヌのことを思い出した。

 元々シャルルは女性付き合いに疎かったが、そんな息子が唯一と言っていいほどそばに置きたがっていたのがリリアーヌだった。
 さらにリリアーヌには、双子を産んだ実績がある。息子の顔見知りでかつ経産婦であるリリアーヌなら、跡継ぎを生めるはずだと。

 また、子どもがシャルルに似た場合のフォローもできる。シャルルの青色の目はリリアーヌの灰色の目に近いし、もし生まれた子が金髪でもオーレリアンの娘が祖母似の金髪という前例があるので、問題ない。

 公爵は、言った。
 シャルルの子どもさえ産んでくれるのならば、ブラン伯爵家にも融通をする。
 リリアーヌの傷は後天的なもので遺伝はしないのだから、大目に見てやってもいい、と。

(ふざけんなよ……!)

 リリアーヌを道具扱いしているかのような発言にオーレリアンは激昂するが、そんな彼を止めたのはリリアーヌだった。

「お話、承知しました。お役目を受けさせていただきます」

 今までにないほどなめらかにしゃべる妻を、オーレリアンは驚愕の眼差しで見た。
 公爵の前でもベールを外さないリリアーヌは、しとやかな所作で頭を垂れている。

「必ず、デュノア公爵家の跡継ぎをお生みします」
「承諾いただけて、感謝する。ブラン伯爵も、よいな」

 公爵がぶっきらぼうに言うのを、オーレリアンは信じられないものを見る目で見ていた。