王城の、執務室にて。

「戻った、シャルル」

 オーレリアンが声をかけるが、今日も相変わらず部屋の主からの返事はない。

 シャルルはデスクにいたが、組んだ両手の上に顔を伏せた格好のまま固まっている。オーレリアンがここを離れたときから変わっていないので、ずっとあの姿勢で考え込んでいたのだろう。

「リリアーヌの見舞いをして、男爵にも会ってきた」
「リリアーヌは、どうだった? 男爵はなんと……?」

 長時間固まっていたからか少しぎこちない動きになりつつも顔を上げたシャルルが問うたので、オーレリアンは肩をすくめた。

「リリアーヌは、ひとまず元気らしい。斬られた瞬間とっさに体をのけぞらせたから、傷は顔だけで済んだ。血も止まっているし、目や鼻、唇などの機能にも支障はない」
「……そうか」
「ただ、ラチエ男爵にはむちゃくちゃ詰られた。娘は非戦闘員なのに、愛娘の顔に傷をつけやがって、とさ。まったく、四年前に喧嘩別れしたその『愛娘』を放置しておきながら、散々な言い草だ」
「……」
「……それで、だ。ラチエ男爵は、責任を取ってもらいたいそうだ」
「責任……」
「嫁入り前の娘の顔に傷をつけたのだから、責任を取って結婚しろ、ということだ」

 シャルルの目が見開かれたため、オーレリアンは乾いた笑い声を上げた。

「笑っちまうだろう? あいつ、リリアーヌのことで搾れるものはとことん搾ろうって考えているんだぜ」
「……では、僕が」
「待て。……確かにあの遠征にリリアーヌを連れて行くのを決めたのはおまえだが、だからといって早まるな」

 シャルルの瞳が揺れたのを見て、オーレリアンは肩をすくめた。

 リリアーヌは実家と半絶縁状態だったが、男爵は娘が遠征先で負傷したと聞くなり手のひらを返した。
「かわいい娘の顔に、よくも傷を」「なぜ、非戦闘員の娘を遠征に連れて行ったのだ」とオーレリアンを詰り、そして「娘を連れて行ったデュノア公爵令息に、責任を取ってもらいたい」と不気味な笑顔で言ったのだ。