聖王暦四十五年の、冬。

 オーレリアンたちの姿は、王国西の国境付近の砦にあった。

「……以上で、報告終了です」
「ああ、お疲れ。明日の交渉に備えて、全員早めに寝るように」
「はい!」

 オーレリアンに言われた部下たちはそろってお辞儀をしてから、部屋を出て行った。オーレリアンは彼らから渡された報告書に目を通して最後に自分のサインをしてから、椅子を立った。

 ここは、砦にある一番広い部屋――シャルルにあてがわれた執務室だ。現在部屋の主は外出中で、副官であるオーレリアンが代わりに部下たちの監督をしていた。

(明日の交渉は間違いなく、決裂だろうな)

 これまで他の騎士たちが行ってきた過去の交渉の記録を見ても、結果は明らかだった。

 横暴な共和国軍は穏便に話を進めようとする王国軍が出す折衷案を蹴ってばかりで、最悪武力闘争になるかもしれないと言われている。

 粗暴で話を聞かないし、かといってもし武器を持ち出すことになっても、練度の点でも場数の点でも、王国軍に軍配が上がる。二十歳そこそこの若者が率いる軍だと侮れば、共和国軍は壊滅するだろう。

(同じ言語をしゃべっているのにここまで話が通じない相手に、シャルルはどう出るかな)

 そんなことを考えていたオーレリアンはふと、窓の外に光が躍っていることに気づいた。窓辺に寄ったことで、その光は砦の裏庭にいる者が持つカンテラの明かりだと分かった。

 オーレリアンの目線の先に、シャルルとリリアーヌがいた。カンテラを持っているのはシャルルで、ノートとペンを手にしたリリアーヌが何かを書き込んでいる。どうやら、明日の交渉に備えて見回りと地形の確認を行っているようだ。

 おやおや、とにやつきたい気持ちを堪えながら、オーレリアンは上司と同僚の姿を上から見守る。
 リリアーヌは何かをシャルルに尋ねては一生懸命ノートに書き込んでおり、シャルルは彼女の手元が見えるように明かりを寄せている。

 そうしていると、リリアーヌの体が少し揺れた。彼女はそれでも書き物をしているが、何かに気づいたらしいシャルルが、空いている方の手だけで自分が身につけていたマフラーを器用に外した。

(おーやおや……)

 冬の寒さでくしゃみをしたリリアーヌを見かねたシャルルが、自分のマフラーを貸してやろうとし考えたのだろう。

 メモを続けるリリアーヌの背後に回ってマフラーを掛けようとしたのだろうが、気配に気づいたリリアーヌが振り返った。
 何か言葉を交わしてからリリアーヌは首を横に振るが、シャルルの方も意地になっているのでマフラーを渡そうとごねているようだ。

(じれったいなぁ、本当に)

 二十歳の男と二十五歳の女とは思えない、まるで子どものおままごとのような恋愛だ。