デュノア公爵邸には、過去に何回か訪問したことがある。いずれもシャルルの付き添いでほんの一瞬立ち寄るだけで、シャルルも普段は王都にある自分用の屋敷で暮らしているので、あまり実家に戻ることはないそうだ。

 男性に手を取られて馬車を降りたリリアーヌは、公爵邸に足を踏み入れた。記憶の中にあるとおりの絢爛豪華な玄関に息を呑むが、あまり使用人の姿がないことに気づく。

(公爵邸ともなれば、百人以上の使用人がいてもおかしくないのに……)

「諸事情により現在、使用人は行動を制限しております」

 リリアーヌの疑問を察したように、案内係の男性が教えてくれた。

「リリアーヌ嬢は、こちらへどうぞ」
「……はい」

 促されたリリアーヌは、応接間に行くのだろうかと思った。だが男性は階段を上がり、屋敷の四階にリリアーヌを誘った。

(この階って、当主様のお部屋があるのでは……)

 こわごわと男性の後をついていったリリアーヌははたして、立派なドアの前に立たされた。ドアの両側には帯剣した公爵家私兵がおり、リリアーヌをじろっと見たがすぐに事情を察してくれたようで、「ようこそ、リリアーヌ嬢」とこわばった声で言った。

「では、中へどうぞ」
「……あの、本当にこの部屋であっているのですか?」

 どう見ても、仕事着姿の客人を通すべき場所に繋がっているとは思えない。

 だが男性は「はい、こちらです」と言って、ドアをノックした。

「旦那様、失礼します。リリアーヌ嬢がお越しになりました」
「……通せ」

 低い声が返ってきてリリアーヌは背筋をこわばらせたが、内側からドアが開いて背中を男性に押され、震えそうになりながら入室するしかなかった。

 そこは、寝室だった。
 部屋の奥に巨大なベッドが置かれており、そのベッドを囲むように数人の男性たちがいた。

 そのうちの一人の姿を見て、リリアーヌはほんの少しだけほっとできた。

(シャルル様……!)

 だが、安心できる状況ではない。

 ベッドには、顔色の悪い中年男性が座っている。金色の髪とくすんだ色の目を持っている彼は、リリアーヌの上官によく似た容姿を持っている。

 ……彼が誰かなんて、問うまでもない。