「……もし君のお腹が大きくなくて今日この後予定がないのだったら、このまま寝室に連れ込んでいたかもしれない」
「まあ、ごめんなさい。せめてあと、半年は待っていただきたく」
「分かっているよ」

 君たちのためだものな、とリリアーヌのお腹に触れてから、シャルルは立ち上がった。

「……そろそろ、あいつが来る時間かな」
「そうですね。……オーレリアン、王都を離れてしまうのですね」

 左腕の負傷により騎士としても伯爵としても生きていく道を諦めたオーレリアンは、王都を離れることを決めたそうだ。
 伯爵領には彼の弟がおり、急遽爵位を継承させることになった弟と今後の話をしつつしばらく一緒に過ごしてから、弟を王都に送り出して自分はそこに留まることにするという。

 出発時期については彼もいろいろ考えたそうだが、夏には伯爵領で催し物があるそうで、それに間に合わせるためにも春の間に王都を出た方がいいということになり、出発が明日になった。

 リリアーヌとシャルルは友との別れを惜しみ、最後にシャルルの屋敷で夕食を一緒に食べよう、ということになったのだ。本日のメニューはもちろん、左手が使えないオーレリアンでも問題なく食べられるようなものでそろえている。

「……オーレリアンって、すごいよな。強がっているのかもしれないけれど……それでもずっと笑顔で、正面から現実と向き合っていて」

 廊下に向かいながらシャルルが言うので、リリアーヌもうなずいて同意を示した。

 お調子者で、口が軽くて、余計なこともたくさん言う同僚。だが彼の明るさと面倒見のよさにリリアーヌは何度も助けられてきたし、それはシャルルも同じ――否、リリアーヌよりずっとオーレリアンのことを信用しているだろう。

「僕さ、オーレリアンのことがうらやましかったんだ。僕より七つ年上だから当然なのかもしれないけれどそれでも僕よりずっと大人で、何事にも全力でぶつかっているあいつのことが、うらやましかった」
「それを聞いたらきっと、喜びますよ」
「どうだろうな。生意気なことを言うな、ってどつかれそうだな」
「そんなオーレリアンだから、あなたは彼を副官にしたのではないですか?」
「そうだね。……きっと、そうだと思う」

 シャルルは笑い、リリアーヌの肩を抱いた。
 リリアーヌはふふっと笑ってから、ここ最近考えていたことについて夫に尋ねることにした。