(シャルル様、明日には帰ってこられるかしら)

 荷物をまとめて執務室に鍵をかけ、廊下ですれ違う騎士や使用人に挨拶をしながら、リリアーヌは王城の廊下を歩く。
 シャルルの屋敷で暮らしていたときと違い今は徒歩で自宅まで帰っているのだが、また立ちくらみがしてはいけないので城の正門付近にある馬車駅を利用した方がいいだろう。

 そう考えながら門を通り、駅の方に向かおうとしたリリアーヌだったが――

「……リリアーヌ!」
「えっ――」

 焦ったような男性の声が聞こえたかと思ったら、後ろから誰かに羽交い締めにされた。叫ぶ声も出ずリリアーヌが驚く間に後ろから引っ張られて、城壁の陰に連れ込まれてしまう。

(何!?)

「誰が……んむっ」
「騒ぐな! ……懐かしいな、リリアーヌ。私が分かるだろう?」

 声を上げようとしたら口を塞がれてしまい体をこわばらせるリリアーヌだが、背後から聞こえてきた声にはっとして――そして、背筋に悪寒が走った。

(どうして)

 この人はもう、王都にはいないはずなのに。
 リリアーヌはもう二度と、この人に会わなくて済むと思ったのに。

「お父……様……?」
「そうだ! ……ああ、しばらく見ないうちに美人になったな、リリアーヌ!」

 呆然とリリアーヌがつぶやくと嬉しそうな声が返ってきて、リリアーヌは振り返った。

 リリアーヌを拘束するのは、薄汚れた中年の男だった。髪も髭も伸び放題で、なんだか嫌な臭いがする。
 えずきそうなほど、というくらいではないがなぜかその臭いがやけに鼻の奥を刺激してきて、リリアーヌはさっと口元を手で覆った。

 少しやつれており汚らしいが……間違いない。
 彼は、リリアーヌの父親――追放処分を受けたはずの、元ラチエ男爵だった。

(お父様は、税金を不当に扱った罪で処分を受けたのでは……?)

 リリアーヌの瞳を見てその疑問を読み取ったのか、元ラチエ男爵は苛ついたように顔をしかめた。

「まったく、ひどい話だ! 聞いておくれよ、リリアーヌ。私はいわれなき罪を着せられたのだ!」
「……実際にお父様は、商人から回収した税に手をつけて……」
「それは何者かに唆された裁判官が、勝手に並べ立てただけだ! 私は税を正しく扱おうとしただけなのに、それに難癖をつけた者がいたんだ! だが私は無力で、判決を覆すことができず……おまえにも辛い思いをさせてしまった、リリアーヌ」

 哀れむような眼差しを向けられてきたため、リリアーヌはぎょっとした。

 覆すも何も、父に下された判決は正当なものだったとリリアーヌは記憶している。
 何者が不正に気づいたのかは分からないが、父は確かに税金を「資産運用する」といって商人たちから回収しておきながら、自分の娯楽に充てた。それを匿名希望者から暴露されて怒った商人たちが父を提訴して、裁判が行われたのではないのか。