公爵は目を開け、リリアーヌを見てきた。

 シャルルと同じ、青色の目だ。病のために目の周りはくぼんでいるが、その瞳の輝きはリリアーヌの夫とまったく同じだ。

「その息子の二度目の我が儘が、おまえとの結婚だった。……私はいよいよ、分からなくなった。騎士として生き、好いた女をそばに置きたいと願う息子に公爵の椅子を譲るのが、はたして正しいことなのか。あいつは、心の中で私のことを憎んでいるのではないかと」
「いいえ、そのようなことはございません」

 たまらずリリアーヌが口を挟むと公爵は不快そうに眉根を寄せたが、構わずにリリアーヌは続ける。

「シャルル様は一度たりとも、公爵閣下への恨み言など吐かれませんでした。それどころか、ご自分が公爵閣下の期待に応えられるのかと悩まれているご様子でした」
「あいつが? 私の前ではいつも、すました顔でいるというのに?」

 公爵が意外そうな、だが少し不満げな顔で言うので、リリアーヌは微笑んだ。

「シャルル様は、これから先もきっと迷われることがあるでしょう。ですがそのとき、私が必ずあの方の背を支えます。悩まれているのであれば、共に解決策を見いだします。それがシャルル様の補佐官として……そして妻としての役目だと、思っております」
「……」

 公爵はしばし黙ってから、ふうっと大きな息を吐き出した。

「……我が息子ながら、人を見る目があったということか。いつまでもあいつのことを子ども扱いしているのは、私だけだったか」
「それは……」
「リリアーヌよ。私はおそらく、長くないだろう」

 重い口調で告げられた内容に、リリアーヌは首を横に振った。

「どうか、そのようなことをおっしゃらないでください」
「私は、ありもしない期待を抱かせるような詐欺師は嫌いだ。自分の命のことくらい、自分が一番よく分かっている」
「言葉には魂が宿るとされています。たとえ慰めだろうと何だろうと、希望を口にするだけで人は強くなれるのです」
「はっ、文官は非科学的なものを排除して現実のみに目を向ける人種だと思っていたのだが、そうではなかったか」

 口ではそんなことを言いながらも、公爵の目つきはずっと柔らかくなっていた。

「だが、医者も言うのだから事実だ。……叶うならこの命がある間に孫の顔を見て、この手でシャルルに爵位を譲りたかったが……そうもいかないかもしれん」
「……」
「案ずるな。……私はもう、それでもいいと思っている」

 公爵は静かに言い、まぶたを伏せた。

「……姉上の子などに爵位を譲りたくないと、意地になっていたのは私だけだった。そこに、シャルルへの気遣いなどは一切なかった。それが過ちだったのだと、病を得てようやく気づけた。……私の野望は、ただ息子を追い詰め苦しめるだけだったのだな」
「……」
「リリアーヌよ。私が没した後……公爵家のことを、シャルルと一緒に考えてやってほしい。そうして、あいつが一番納得する形に収まるようにしてやってくれないか」

 それは命令ではなくて、懇願だった。

 大切な一人息子のために、できることをしたい。そうして公爵が考えたのが、「公爵家の未来を、シャルルとリリアーヌに託すこと」だったのだろう。

 公爵もこの話をしたかったから、リリアーヌの訪問を許可したのではないか。