数日後、執務室を後にしたリリアーヌは城の裏手で業者の馬車に紛れるようにひっそりと待機していた公爵家の馬車に乗り、夏以来になるデュノア公爵邸に向かった。

 出迎えてくれた執事は、「旦那様がお待ちです」と無機質な声で言ってリリアーヌを通してくれた。本当に「お待ち」なのかどうかは分からないが、面会を許してくれただけで十分ありがたかった。

 ここに来る道中に買っておいた花を執事に渡してから、リリアーヌは二度目になる公爵の寝室に足を踏み入れた。

(……ますます、お体がやつれているわ)

 前回は顔色こそ悪いもののしっかりとしていた公爵だが、今はリリアーヌのおとないを執事が告げてもベッドから体を起こさず、気だるげにリリアーヌを呼んだ。

「リリアーヌ・デュノアでございます。本日は公爵閣下にお目通りが叶いましたこと、光栄に存じます」
「……御託は結構だから、こちらへ来い」

 物言いと態度は、体が弱っても変わらないようだ。
 リリアーヌがおとなしくベッドのそばに向かうと、頬のこけた公爵がリリアーヌを見上げてきた。

「子はまだか」

 まるで「今日の夕食は何か」のようにさらりと重要なことを聞かれたため、リリアーヌは内心で苦笑しつつも首を横に振った。

「まだ、その兆しはございません」
「……そうか」

 公爵は失望したかのように目を伏せたものの、それ以上跡継ぎについて言うつもりはないようだ。おそらくリリアーヌや息子の様子から、二人が子どもを作ることに関して前向きであることだけは察してくれたのだろう。

「……私は、おまえに申し訳ないことをした」

 いきなりそんな言葉が飛んできたので、リリアーヌは目を見開いた。そんなリリアーヌの反応が気に食わなかったのか、公爵はぴくっと片頬を引きつらせる。

「おまえだけでない、シャルルにも無理を強いた」
「……」
「あいつが騎士団に入ると言ったとき、私は反対した。あいつの才能と性格は人に仕える騎士に向いていると、分かっていた。だが、騎士の道を許せばあいつが私の跡を継がなくなるのでは、と思ってしまった」
「……ですが閣下は、シャルル様の願いを聞き入れられたのですよね」

 遠慮がちに問うと、公爵は目をつむった。

「……妻の忘れ形見である息子は、幼い頃から滅多に我が儘を言わなかった。そんなあいつが初めて口にした我が儘を、叶えないわけがなかろう」
「……」
「その判断が正しかったのか、私には分からない。おそらく、分かるまで生きながらえることはできないだろう」
「閣下……」