「……おお、そなたはリリアーヌ嬢ではないか」

 陽気な声が聞こえたので、執務室に戻ろうとしていたリリアーヌははっとした。

(この声は……)

「ごきげんよう、リュパン元帥」
「うむ」

 廊下の奥から、護衛騎士を伴った大柄な中年男性――リュパン元帥がやってきていたため、リリアーヌは急ぎ廊下の隅に寄って頭を下げた。

 リュパン元帥は極秘ではあるものの、リリアーヌの養父だ。そんな彼と会うのもあの夏以来で、人前では養子縁組みをした関係だと明らかにできないため一定の距離を置いていた。

 このまま通り過ぎるかと思いきや、元帥はリリアーヌの前で足を止めた。

「先ほど、シャルルが出立したようだな。見送りに行っていたのか?」
「はい」
「よろしい」

 顔を上げなさい、と元帥が言うので命令に従うと、元帥は――どこか柔らかい眼差しで、リリアーヌを見ていた。

 彼の護衛たちは背後にいるので、その表情を見ることはできない。リリアーヌだけが見えるようにしているその表情はまるで、娘を見守る父親のようだった。

「シャルルは、見所のある若者だ。此度の交渉はおそらく、一筋縄ではいかないだろうが……あやつならば最善の結果を持ち帰ってくれると信じている」

 近くに人がいるので、元帥は他人行儀にリリアーヌに言う。だが、その眼差しが何よりも彼の気持ちを雄弁に語っていた。

 リリアーヌは、表情を引き締めた。二人の立ち位置では、リリアーヌが感情を表に出すと他の者に見られてしまうからだ。

「はい、私もシャルル様のご健闘を信じております」
「うむ。そなたのような気丈な補佐官がいれば、あやつも死ぬまいと頑張れることだろう」

 元帥はそう言うときびすを返し、護衛を伴って去っていった。護衛たちが今の会話に違和感を抱いた様子が見られないので、リリアーヌはほっとした。

(……元帥も、私たちのことを案じてくださっているのね)

 周りに人がいるので当たり障りのない遠征の話しかしなかったが、その端々から、その眼差しから、彼が秘密の養女となったリリアーヌと自分が目にかけているシャルルがうまくやっていくことを願っていることが伝わってきた。

(私は……私たちは、一人じゃない。私たちのことを支えてくれる人、見守ってくれる人がいる)

 だから、リリアーヌがするべきことは。