「私、分かっています。今、私たちが何をやるべきなのか、皆から何を望まれているのか。その覚悟は、あなたからの求婚を受けたときにもうできています。……ただ、その」
「……うん」
「キ、キスはちょっと緊張してしまうので、お手柔らかにお願いします……」

 恥ずかしさで声が消え入りそうになりながらも最後まで言うと、リリアーヌを抱きしめるシャルルの腕の力が強くなった。

「本当に……! 僕の補佐官はどうしてこうも、僕を翻弄させるのが上手なんだ? 触れるのはよくても、キスは緊張するなんて……!」
「申し訳ございません。私の勉強不足、経験不足が原因です」
「待て、僕は君に経験なんて求めていない。君はこれでいい、いいんだ」

 なぜか言い聞かせるように繰り返してから、シャルルは抱擁を解いた。彼の方にしなだれかかるような格好になっていたリリアーヌと視線を重ねると、ふ、と優しく微笑まれる。

「……さっきも言ったけれど、僕は君と初めて会った十四歳の頃から、心の奥底でずっと君を追いかけていたんだ。これが恋だと分かったのはつい最近だけれど、ずっと君に振り向いてほしいと思っていた。新米騎士のおぼっちゃんじゃなくて、一人の男として……君を守れるほど強くてたくましい大人になりたいと、僕が頑張る原動力になっていたんだ」
「シャルル様……」
「好きだよ、リリィ。ずっと……君のことが好きだ」

 シャルルの言葉に甘さが加わり、彼の両手がリリアーヌの頬を捉えた。

 逃がさない、逃げないで、と言わんばかりに強い青色に心を射貫かれてリリアーヌが動けずにいると、彼の頭部が傾いだ。

 初めての口づけは、そっと優しく与えられた。
 キスに恥じらうリリアーヌを励ますように、怖がらせないように触れた唇はすぐに離れ、だがすぐに二回目を求められる。

 二回目は、一度目よりも少しだけ長く触れた。そうして三度目には角度を変えながら唇を擦りあわせられ、リリアーヌの喉から「んっ」と小さな声が上がった。

 三度目のキスの後でやっと顔が離れていき、リリアーヌの顔を見たシャルルは困ったように顔をしかめた。

「……いけない人だ、リリィ。そんなにとろけた顔を夫に見せて、今夜無事に寝かせてもらえるとでも?」
「……どんな顔なのか、自分では分かりません」

 キスの余韻で頭がぽうっとしているリリアーヌが舌っ足らずに問うと、シャルルは眉根を寄せた。

「本当に、罪な人だ」

 どこか苦々しげに言ってから、シャルルはリリアーヌの体を離して立ち上がった。
 なかなか濃厚な時間を過ごせたと思っているのに彼が立ってしまったのを寂しく思って見ていると、ドアのところに向かっていたシャルルが振り返った。

「今の僕は、帰ってきたばかりで汚れている。すぐに、湯を浴びてくる」
「……はい」
「もし先ほどの続きをしたいと思うのなら、僕の寝室で待っていてくれ。まだそういう気持ちになれないのなら、今日はここで休んでほしい」

 ここ、とはリリアーヌの私室のことだ。ソファだけでなくベッドも今日届いており、メイドによって真新しいシーツを掛けられてリリアーヌのことを待っている。

 シャルルの言葉の意味を理解したリリアーヌが目を見開いたのを確認して、シャルルは部屋を出て行った。廊下で彼がメイドたちに何か言付けているのが聞こえるが、会話の内容までは分からない。