「リリアーヌ、今は、僕だけを見てくれ」
「シャルル様……」
「リリアーヌ……リリィ」

 ふいにそんな名で呼ばれて、どきん、とシャルルにも伝わるのではないかと思うほど大きく心臓が高鳴った。

 リリアーヌの愛称はリリアン、リリア、アンヌなどいろいろあり、リリィはその一つだ。
 だが、これまでリリアーヌを愛称で呼ぶ人は誰もいなくて……シャルルの唇が、まるで大切な宝物でも呼ぶかのように「リリィ」なんて言うものだから、顔が急激に熱くなってくる。

「あ……」
「リリィは、だめだったか?」
「……だめでは、ないです」

 小声になりながら言うと、リリアーヌの耳のすぐ横でシャルルがふっと笑う気配がして、ひんやりとしたものがリリアーヌの頬に触れた。

「ここ、すごく熱いな」
「シャルル様……!?」

 何が触れているのか、と思ったが頬に吐息が触れたため、すぐに分かった。

 シャルルが、リリアーヌの頬に唇を当てている。すり、と頬の皮膚を唇の表面がなぞっていき、思わずリリアーヌの唇から「あ」と苦しげな声が上がった。

「待って、シャルル様……」
「頬へのキスは、嫌だった?」
「嫌……ではないのですが……あの、私……」
「ああ」
「……こ、こういうことも全て、初めてで……。話に聞くだけだったから、まったく分からなくて……」

 閨の知識は、知っている。寝所で男女が何をどうするのかも、文官時代の女性同僚のノロケで聞かされたから、知っている。

 だが、頬へのキスがこんなにくすぐったくて体中が痺れるような感覚になるなんて、誰も教えてくれなかった。

 リリアーヌがそう言ってシャルルの胸に顔を押しつけると、彼は「……なんだそれは」と絶望しきったかのような声を上げた。

「僕の妻が、とてもかわいい……かわいすぎる……」
「シャルル様……?」
「どういうことなんだ? 君は閨ごとにまったく抵抗がないのに、頬へのキスの方に恥じらうなんて。これでは、触れられないじゃないか……」
「そんなことはありません。……どうぞ、触れてください」

 リリアーヌが思い切ってシャルルの背中に腕を回してぎゅっと抱きつくと、思いのほかがっしりとしていた彼の背中が震えた。