当時の彼女は十九歳で、新規採用正騎士の事務処理講義の補佐として騎士団にやってきていた。他の補佐は男ばかりだったので、いっそうリリアーヌの存在が目立っていた。

 リリアーヌの姿は他の騎士たちの目にも留まったようで、講義中意味ありげにリリアーヌをちらちら見る者もいた。だが当時からシャルルは色恋に疎かったので、リリアーヌのことを特別意識せずに講義に集中した。

 ……しばらくの間は「講義の後で、あの補佐を食事に誘おう」「あわよくば『お持ち帰り』しよう」などと言う者もいたが、すぐにいなくなった。リリアーヌは物静かな美女という雰囲気だったがなかなか強かで、「私を食事に誘う前に、報告書を完璧に書けるようになってください」と一刀両断してきたのだという。

 かわいくない女は結構だ、とぼやく同期たちを、シャルルはうんざりしながら見ていた。

 ある日、シャルルが課題を持っていくと、他の騎士の指導をしていた教官文官の代わりにリリアーヌが確認をしてくれた。

 彼女のチェックは非常に厳しいことで有名だったので、どきどきしながら待っていたのだが――ふっ、と小さく笑う声が聞こえた。

『素晴らしい出来です。完璧ですよ』

 そう言われたシャルルは顔を上げて――そこで初めて、リリアーヌの顔を正面から見た。

 当時のシャルルはまだリリアーヌより小柄なくらいだったので、少し顔を上げた先に彼女の目があった。その灰色の目はとてもきれいで、シャルルを見つめる眼差しは優しくて、『素晴らしい』と言ってくれた唇は、とても魅力的に見えた。

 彼女が赤いペンで大きな丸をつけてくれた課題を受け取るシャルルの胸は、感動だけでない感情でいっぱいになっていた。この課題は持って帰って大切に保管しよう、と決めた。

 リリアーヌは決して冷酷な女ではなくて、努力をして成果を叩き出した者には優しかった。とはいえ正騎士には不真面目な者も多く、講義の間もリリアーヌは無表情かしかめ面だった。

『ラチエ女史、こちらをお願いします』

 彼女に自分の完璧な姿を見てもらいたくて、シャルルは講義の中でもとりわけ事務処理を頑張り、リリアーヌに課題を見てもらった。

 シャルルとて事務処理は専門ではないのでチェックが入ることもあるが、『これだけできれば十分です』『よく理解できています』『ここを工夫すれば、うまくいきます』と励まして褒めて助言してくれるリリアーヌに、すっかり心を奪われていた。

 だが、事務処理講義が開かれたのは半年間のみだった。最後の講義でもあっさりしていたリリアーヌはそのまま、教官文官たちと一緒に騎士団を出て行ってしまった。追いかけよう、と思ったがそんな時間もなく、リリアーヌも振り返らなかった。