シャルルは、夜遅くに帰ってきた。

「……ただいま戻った」
「おかえりなさい、シャルル様」

 既に寝る仕度をしていたリリアーヌが私室でメイドに髪をといてもらっているときに、シャルルが戻ってきた。彼が疲れた顔をしていたのでリリアーヌは少し身じろぎしてしまったが、それを見たシャルルは苦笑して手を振った。

「僕のことなら、大丈夫だ。オーレリアンとは話をしたし、仕事のことも問題ない」
「それならいいのですが……」
「……。……仕事自体は夕方に終わったんだが、その後で公爵邸に寄っていた。父上の見舞いのためだ」

 シャルルの言葉に、そうきたか、とリリアーヌは背筋を伸ばした。状況を察したらしいメイドたちがブラシやらなんやらを片付け、部屋から出て行った。

 室内に二人きりになり、シャルルは今日届いたばかりのソファに腰を下ろした。

「……父上の容態は、よくならないそうだ」
「……はい。私も今日、公爵邸から届いた手紙で知りました」
「君のもとにも行っていたか。……僕は正直、自分が公爵位を継ぐことにそれほどの野心はないんだ。父上は嫌がってらっしゃるけれど、従兄に譲ってもいいと考えている」

 リリアーヌが小さく息を呑むと、シャルルは「誤解しないでくれよ」と苦笑した。

「どうでもいいわけではないんだ。ただ僕は、自分が公爵となる姿がいまいち描けないんだ。僕は、内政を行うより誰かの命令を受けて動く方が好きだからね」
「……」
「でも、そうはできない。自分に合う、合わないの問題ではないし……父上の期待に応えたいという気持ちもある」

 それは、当然だろう。

 リリアーヌのように父親との仲が険悪なわけではなく、シャルルは複雑な思いもあるとはいえ公爵のことを父親として敬愛している。そんな父が確実にシャルルに爵位を譲りたいと思っているのだから、その希望を受け入れたいと思うのも当然のことだ。

 リリアーヌは小さく笑って鏡台前の椅子から立ち上がり、シャルルの隣に腰を下ろした。

「シャルル様。あなたはいつから、私のことが好きなのですか?」
「えっ?」
「昨日、私のことが好きだと言ってくださいましたよね? それは、いつからなのかと思いまして」

 リリアーヌが問うと、シャルルはきょとんとした顔になった。

「いつ、って……いや、待て、リリアーヌ。君は昨日のことを、僕の乱心だと思ったのではないのか?」
「その節は大変失礼しました。申し訳ございませんが、私は昨日のあの瞬間まで自分がシャルル様に好意を向けられているということにさえ気づいておらず……そのため、あらぬことを口走ってしまいました」

 冷静になって考えてみれば、シャルルが乱心したのではなくてそれを聞いたリリアーヌが奇行に走ったのだ。シャルルは何も悪くない。

 彼はリリアーヌが自分の告白を現実のものと受け入れてくれただけでほっとできたようで、表情を緩めた。

「それならよかった。……それで、僕がいつから君のことを好きになったのか、だったか」
「はい。『ずっと前から』とおっしゃっていたので、二、三年前くらいかと思うのですが」
「……六年前」
「え?」
「君はもう覚えていないと思うけれど……僕は六年前に、君と出会ったんだ」

 シャルルの目が、懐かしそうに細められた。