「寝る前に、君と話をしなければならないと思っていた。昨日からほとんど、会話ができていないだろう」
「そうですね。私も、あなたときちんと話をしたいと思っていました」

 リリアーヌがうなずいてシャルルの隣に座ると、彼は頭を垂れた。

「まずは……すまない。君には、無理なことを急に頼んでばかりだ」
「お気になさらないでください。私なぞより、シャルル様のお体とお心の方が心配です」

 リリアーヌは心から言った。

 流れに乗るまま流されるだけのリリアーヌと違い、シャルルはずっと悩んできたのだ。父親が体調を崩し、自分が家督を継ぐことを考えなければならなくなり、結婚、跡継ぎ……これから先の問題も山ほどある。

(シャルル様は、襲爵のぎりぎりまで騎士団で働きたいとお考えだったそうね)

 彼は騎士団で鍛錬したり遠征したりする生活を好んでいるようで、父親が元気である間は騎士団で働きたいと言っていた。
 無論リリアーヌはそんな彼についていくつもりだったし、オーレリアンも伯爵位を継ぐまでは必ずシャルルのそばにいる、と言っていた。

「あなたが背負うのは、私では到底想像もできないくらい重いものでしょう。ですが私があなたの妻となることでその負担を少しでも軽減できるのであれば、それは補佐官として限りなく光栄なことです」
「……君は、僕が仕事の一環として結婚を命じたと思っているのか」
「そういうわけではございません。立場の話です」

 シャルルの青色の目が少し剣呑な輝きを持ったので、リリアーヌは急ぎ言った。

「あなたが私に対して申し訳ないと思われる必要は一切ございません。むしろ私の方が、体の肉が弛みつつある年齢でお若いあなたと結婚することを申し訳ないと思っているくらいです」
「いや、僕は別に、そんなことは思っていない」

 シャルルは、いつもより若干早口に言う。目線もさまよっており、やはり堅物というだけあってこういった話には弱いようだ。

「僕は君のいいところを知っているし……だからこそ、父上に結婚を命じられたときに真っ先に君の顔が思い浮かんだ。一度君のことを思い浮かべるともう、他の女性の顔を想像することもできなくなった」
「はあ」

 早口でシャルルは言い募るが、彼は夜会にもほとんど出たことがないそうだから、他の女性より一緒に過ごす時間が長いリリアーヌの顔の印象が強くなってしまうのは仕方のないことだろう。

(刷り込み、というものかもしれないわね)

「女と言えば、誰?」と問われたときに、ぽんっとリリアーヌを想像してしまったということだろう。
 それにリリアーヌは平民で、シャルルに逆らえる立場でもない。むしろ上官と部下という絶対的な上下関係があるのだから、シャルルとしても「やりやすい」相手なのではないか。

 だとすれば、これから先シャルルが本当に愛する人を見つけることも十分考える。むしろシャルルより若い令嬢の方が、四捨五入すれば三十歳の自分よりも跡取り問題の解決に関しても適任と言えるだろう。

(とはいえ、今のシャルル様にはそんな余裕はなさそうよね……)