(どうして)

「喜べ。……どの令嬢がいい、と聞いたときにシャルルが、おまえの名を出したのだ」

(なんで)

 ぎこちない動作でシャルルの方を見たが、彼はもうリリアーヌの方を見てはいなかった。

「せめて伯爵位以上の娘にしろ、といくら言っても、聞かなかった。リリアーヌ以外は絶対に受け入れられない、と何日も粘られた」

 ならば、彼がここ最近仕事に来なかったのは。
 日に日に顔色が悪くなっていったのは。

「おまえ以外の女を、愛せる自信がないと言った。……だから、私が折れることにした」

(シャルル様)

 声も出なくて心の中で呼びかけるが、シャルルはかたくななほど視線をそらしている。
 だが、おかしいではないか。

(私以外の女を愛せないって……そんなことないでしょう。そもそも私は、あなたから友好以上の情を向けられたことがありません)

 シャルルがリリアーヌに向けるのは、信頼する部下に対する眼差しだ。それは、少し毛色は違うものの彼がオーレリアンに向けるものと大差はないはず。

 尊敬する上官に好意を向けられて、嬉しいと思う人もいるかもしれない。だがリリアーヌはこの事実を嬉しいものとは受け取れず……むしろ、寒々しいほどの違和感と申し訳なさで胸が潰れそうだった。

「ただ今のリリアーヌ嬢ではさすがに、公爵令息の妻、ひいては公爵夫人になるには身分の点で物足りない」

 そういうことで、と重苦しい空気が満ちる寝室内での唯一の救いのような存在のリュパン元帥が、自分の胸を叩いた。

「かわいいシャルルのためにも、儂が一肌脱ぐことを提案する。リリアーヌ嬢よ、儂の養女にならんかね」
「えっ?」

 弾かれたように元帥の方を見ると、彼はリリアーヌを見て微笑んだ。

「儂の子どもたちは皆、王都の外に出ておる。去年、末の娘も結婚して出て行ってしまったので、家内も寂しがっているところだ。リリアーヌ嬢さえよければ、リュパン家の名を使ってほしいと思っている」

 そういうことか、とリリアーヌはここで初めて、この陰鬱な場所にリュパン元帥がいる理由が分かった。何も、にぎやかし担当ではなかったのだ。

「家のことで悩みがあると、シャルルから相談を受けてな。話を聞けば、シャルルが結婚したいと思っている女性では明らかに身分が足りず、父を説得させられないと。真面目で優秀なシャルルのためになるのならばと、ここに来たのだよ」
「……養女とはいえ、リュパン元帥の娘になるのであれば私も無下にするつもりはない」

 公爵も、苦々しい表情ながらそう言った。
 リュパン元帥は平民の騎士の家系出身らしいが、一代で元帥まで上り詰めた実力者だ。公爵も、そんな元帥に対しては何かしらの敬意を持ち合わせているのだろう。

 ……つまり、もう舞台は整っているのだ。

 シャルルが父親の跡を継ぐために必要な、相応の身分を持つ妻。それを仕立てられるだけの準備は整っており……その上で、リリアーヌが呼び出されたのだ。

 男たちは、リリアーヌが「はい」と言うのを待っているのだろう。だがかといって、リリアーヌに「いいえ」の返事が許されているわけではない。

 公爵の圧力と、焦るシャルルの気持ち。そしてわざわざ出向いて養女になるという提案をしてくれた元帥。

 まさに、外堀をしっかり固められた状況だった。