叶居逢花(かないおうか)が転校すること。

別に高校生活が永遠に続くなんて思っていたわけじゃないし、誰かが転校したって僕の高校生活は続く。けれど、今あるものが三年間続くものだと信じて疑わずにいた僕にとって、これは大事件だった。なぜなら僕は、叶居さんに片思いをしているから。

気持ちを伝える気など全くないけれど、高校にいる時間だけは、あと一年半のあいだは、目で追いかけることができると思っていたから。もうあと少しで会えなくなるなんて、心の準備が全然できていない。

それでも、このことがきっかけで叶居さんと話すようになったことは、将来的には会えなくなる=ゼロになるというのに、僕の心を浮足立たせている。

転校のことがクラスに知れ渡ってから、叶居さんはなぜか西端の階段にいることが多くなった。もともと僕専用階段のようになっていた場所に叶居さんが座っているのを見かけるたび、短い会話をするのが日常になっている。叶居さんはたいてい楽譜を眺めているので、大した会話はしない。けれどコミュ障の僕にとっては、会話のラリーを頑張らなくていいのでむしろ好都合だった。