「叶居さん。帰ったかと思った」
「……部活、休めないし」

三十分ほど前の記憶が今さっき起きた事のようによみがえってきた。梅雨明けしそうな三日連続の晴れ空に、蝉の声が響く七月の半ば。夏休み前のテスト期間を終えて一息ついた下校前、担任が叶居さんに声を掛けた。

「叶居は休み明け転校だからな、夏休みに入るまでにロッカー片しておけよ」
「先生!」

担任が言い終わるより早く、叶居さんが大きな声を出した。帰り支度をしていた僕たちは驚いて、何、なに? と蜂か蟻の巣を突っついたような騒ぎになったけれど、担任は事もなげに「ん? 転校の話まだしていなかったか」と真顔で言った。

叶居さんは言い返すことをせず、机の上に残っていた教材を乱雑に鞄の中に突っ込んで、走って教室から出て行ってしまった。だからもう帰ったと思っていたのに。