(いったい、ブラッドになにがあったの?)

 早く仕事に戻らなければならないのに、ブラッドのことが気になってならない。そんなパトリスのもとに、執事長がやって来た。 
 
「パトリス、温室にお茶を運びなさい」
「わ、私が……ですか?」
 
 パトリスは水色の瞳を大きく見開いた。
 まさか自分がそのような命令を言い渡されるとは思ってもみなかった。なんせハウスメイドの仕事内容は屋敷の家事全般であって、客人をもてなすメイドは他にいる。
  
「旦那様からそのように申しつかっているのだよ」
「だ、旦那様が……?」

 ブラッドが来た時は、会わないようにしてくれると約束したではないか。その約束を破られたようで、パトリスは傷ついた。

「きっとパトリスのためだろう。それに、ホリングワース男爵のことが気になるのだろう? 私も一緒に行くし、君が話さないようにすればホリングワース男爵に気づかれないから大丈夫だ」
「……かしこまりました」
 
 パトリスは不安で押しつぶされそうな胸を奮い立たせると、執事長とともにその場を後にした。
 紅茶の入ったティーポットやティーセットと茶菓子を乗せたワゴンを受け取ると、アンブローズたちがいる温室へと向かう。

 温室の扉の前で、深く深呼吸して心を落ち着かせる。そうして、執事長が開いてくれた温室の扉をくぐる。
 
「失礼します。お茶をお持ちしました」

 執事長は一礼すると、パトリスに視線で合図を送る。パトリスは黙って頷くと、二人分のティーカップにお茶を注ぐ。芳しい柑橘系の花の香りの湯気がパトリスの鼻腔をくすぐる。
 
「執事長さん、お久しぶりです」
「お久しぶりです、ホリングワース男爵。さきほどあなたが視力を失ったと聞き、とても心が痛みました」
「ご心配いただきありがとうございます。数日前の黒竜討伐で、黒竜を倒した際に竜の魔法にかかって目が見えなくなってしまったんです。それ以外は無事なので、ご安心ください」 
「目のことは大変残念ですが、あなたが生きて戻ってくださって本当に良かったです。何か不自由がありましたら、何なりとお申し付けください」
 
 エスメラルダ王国のために竜と戦い、目を失った。 それは魔法騎士としては誇り高い喪失だが、魔法騎士になるために努力を重ねたブラッドを想うと、パトリスは胸が痛んだ。
 ツンと目の奥が熱くなる。涙を流してしまわないよう、慌ててティーカップをアンブローズとブラッドの前に置いた。

「じつはね、ブラッドは今回の功績で国王陛下から領地と屋敷を賜ったんだよ。だけど、目が見えないと色々と不便だろう? だから、うちから使用人を紹介したいと思ってね。それに、ブラッドは今後、前線から外れて教官になる事になったんだ。愛弟子の新しい門出を支えたいんだよ。ということで、誰がブラッドの使用人にいいと思うかい?」
「ふむ……それでは、執事はシレンスがいいでしょう。ブラッド様のような筋肉がしっかりとついている方を支えるのは、シレンスほど逞しい者の方がいいですからね」
「そうだね。メイドはどうしよう? ブラッドは、自分が使用人をたくさん雇うのはまだ慣れないそうなんだ。オールワークスメイドを頼める者はいるだろうか?」

 目が見えないのであれば、教官の仕事はおろか、日々の生活もままならないだろう。愛する人の緊急事態を知った今、パトリスは自分が彼の力になりたいと思った。

「あの……!」

 パトリスは決心して声を上げる。

「そのお役目、私が引き受けてよろしいでしょうか?」