アンブローズはパトリスを連れて帰り、パトリスはその翌日からオルブライト侯爵家のメイドとして働くこととなった。
 帰宅したアンブローズはパトリスを客間に案内してお茶を出した後、執事長を部屋に呼んでパトリスを紹介した。
 執事長は仕事柄、パトリスがアンブローズの弟子であることは知っていた。しかし実際に会うのは初めてだった。
 
「この子をうちのメイドとして雇うことにした。物覚えがいい子だからすぐに仕事を覚えられる」
「しかし、今は人員が足りていますよ」
 
 そもそもオルブライト侯爵家はアンブローズしかいないため、さほど仕事がないのだ。
 
 独身主義のアンブローズには妻どころか恋人さえいない。両親は数年前に天寿を全うしており、姉は一人いるが嫁に出ている。
 以前は弟子のブラッドが居候となっていたが、騎士団に入団してからは王城の敷地内にある寮で生活している。

「それでは、全員が交代で休める日を設けよう。そうすれ人手が必要になるだろう?」
「……かしこまりました。それを聞けば皆喜ぶでしょう」 

 執事長はすぐに折れた。魔法使いとは総じて頑固な生き物で、アンブローズもまたその例に漏れない。彼は一度こうと決めると、なかなか折れないのだ。
 それに、人員が足りているとはいえ一人雇うくらいでオルブライト侯爵家の財政が傾くことはない。

 かくしてパトリスはハウスメイドとして職を与えられた。

 その後、アンブローズはパトリスを除く使用人全員を大広間に呼んだ。そうして、愛弟子のパトリスがどのような経緯でここに来たのかを全員に話した。

 魔法大家に生まれたパトリスが経験してきた苦労を知った使用人たちは、努めてパトリスに優しく接した。
 見かけたら必ず声をかけ、体調が悪そうにしている時はすぐに休ませる。
 
 パトリスはアンブローズの言う通り飲み込みが早く、努力家の一面もあったため、二週間もすれば掃除の仕事を完璧にこなせるようになった。
 ひたむきなパトリスを、アンブローズ侯爵家の使用人たちはすぐに好きになった。
 
 グランヴィル伯爵家の屋敷では経験できなかった安心感と達成感に満たされる、温かな日々。
 パトリスは、アンブローズ侯爵家の使用人たちの優しさや仕事をやり遂げる喜びのおかげで、少しずつ元気と自信を取り戻していった。

 働き始めた当初は俯きがちだったが次第にその回数が減り、一年後には溌剌とした笑顔を浮かべるようになった。性格もまた明るくなり、他の使用人たちを元気づけられるようにもなった。
 
 しかし、パトリスがハウスメイドとなった二年後、平穏な日常に影が差した。
 アンブローズがパトリスの姉であるレイチェルと結婚すると使用人たちに言ったのだ。