「やれやれ、予想より早く二人がくっついたから計画が狂ってしまったではないか」

 そう言って門の柵越しから手を振るアンブローズに、ブラッドは絶対零度の眼差しを向ける。
 
「予想より早くくっつく……? やはり師匠は俺たちを掌の上で転がしていたんですね。パトリスがオルブライト侯爵家でメイドをしていたのに教えてくれなかったし、俺の目のことをパトリスに話さないでほしいと言ったのに早々に伝えているなんてあんまりです」
「人聞きが悪いなぁ。私だって二人を騙すようになって心苦しいと思ったけど、二人のためを想ってやったんだよ?」

 アンブローズは悪びれる様子がない。
  
「それにしても、お疲れ様。計画は狂ったものの、上手くいってすぐに片付いたよ。グランヴィル伯爵家も襲撃してきた犯人たちは一人残らずとらえたようだ。グランヴィル伯爵が張り切りすぎて、犯人はみな気絶したらしいけど」 
 
 アンブローズの話によると、オルブライト侯爵家とグランヴィル伯爵のタウンハウスおよび領主邸に忍び込んだ者たちは全員捕縛され、そのまま王立騎士団の騎士たちを呼んで連行させた。
 主犯のトレヴァーはグランヴィル伯爵家の領主邸を襲撃した犯人のうちの一人で、屋敷にいた使用人たちの総攻撃で気絶したらしい。
 
 プレストン伯爵家は騎士たちに包囲されており、トレヴァーたちの裁判が終わるまで包囲網は解かれないそうだ。

「終わりよければすべてよし、だよね?」

 状況を話し終えたアンブローズは、睨みつけてくるブラッドと頬を膨らませて怒っているパトリスに同意を求める。
 
「よくありません! 師匠が約束を破ったせいで、パトリスに心配をかけてしまったじゃないですか。そうなるから言わないよう頼みましたよね?!」
「どうして私が本当は魔法が使えると教えてくれなかったんですか?! ずっと悩んでいたんですよ?」

 二人の愛弟子に問い質されるアンブローズはたじたじだ。

「私も悩んだんだよ? だけど色々な事情があったし……それに、それぞれに大きな障壁があった方が、早く二人がくっつくかなぁ~と思って……」
「だから俺たちを騙したんですか?」
「騙したのには違いないけど、君たちのためを想って……お願いだからブラッド、怖い顔をしないでよ」

 たとえ尊敬する師であったとしても、約束を破った罪は重い。
 アンブローズはブラッドの気迫にすっかり気圧される。
 
「レイチェル、あなたからもなにか言ってくれませんか?」
「因果応報だわ」
「うっ……、その通りですけど、もう少し助けてくれてもいいのでは?」
 
 助けを求めようとしたレイチェルには早々に見捨てられてしまい、取りつく島もない。

「だけど……今世の妹も助けてくれてありがとう」

 レイチェルは微笑むと、アンブローズを抱きしめた。
 アンブローズはどきりとして一瞬だけ固まってしまったが、すぐにレイチェルを抱きしめ返す。その顔はこれまでになく幸せそうだった。

 その後、レイチェルと一緒に父親と再会したパトリスは二人から謝罪を受けた。
 
 パトリスはその謝罪を受け入れた。
 これまで冷たく接してきたのは全てパトリスのためを想ってしていたことだとアンブローズから聞いていたため、二人の言葉を信じることにしたのだ。
 
 しかしパトリスが負った心の傷や感じた寂しさをなかったことにはできない。
 パトリスは彼らと名付け親であるアンブローズを交えて話し合った結果、籍をグランヴィル伯爵家においたままオルブライト侯爵家で過ごすことになった。

 本音を言うと引き続きブラッドの屋敷で過ごしたかったのだが、父親とレイチェルに猛反対されてしまったのだ。
 それからブラッドの屋敷では、オルブライト侯爵家から転職してきたシレンスと、ブラッドが新たに雇った彼の母親ほどの年齢の家政婦が働くことになった。