彼の口から出た懐かしい呼び名に、レイチェルは驚きで声が裏返ってしまった。
 びくりと肩を揺らしたその動きをアンブローズは決して逃さない。彼は確信に満ちた笑み眼差しでレイチェルを捕らえた。

「その反応だと、やっぱり師匠なのですね。こうしてまた話せるなんて夢のようです。あなたを失ってどれほどこの世界に絶望したか……だけど師匠の言いつけ通り、守るべき者たちを命ある限り守り抜き、当主としての責任を果たしてきました」 
「そんなはず、ありません。私があなたの師匠だなんて、いったいどうして……」
「小さな疑問がいくつも積み重なって確信となりました。一番の決め手は、私をローズと呼んだことですよ。あの呼び名は師匠しか使っていませんから。人は私を地位で区別してオルブライト侯爵か大魔法使いと呼ぶんです。誰もあなたのように花の名前に喩えて呼んだりはしません。あなただけですよ。私の髪を花の色だと言うなんて」

 それに、とアンブローズは言葉を続ける。 
 
「私が変わってしまったのだと話すあなたはまるで、よく知っている子どもが大人になって不良になってしまったと嘆くような表情でした。あなたのようなうら若い女性が父親と同じ年代の男に対して、そのような感情を抱くなんてあまりにも不自然です」
「……」
 
 オーレリアは小さく溜息をつくと、水色の瞳をまっすぐアンブローズに向けた。

「そうよ、私はオーレリア・エアルドレッドの記憶を持ったまま生まれ変わったわ。今もその原因を探しているけどわからないの。神様の気まぐれなのかしらね」
「とてもありがたい気まぐれです。明日にでも神殿に寄付をしに行こうと思います」 
 
 レイチェルが白状すると、アンブローズはますます嬉しそうに表情を綻ばせる。
 
「師匠、あなたより年上で可愛げなんてこれっぽっちもない『ローズ』でも、愛してくれますか?」 
「な、なにを言っているの! 元とはいえ、弟子を恋愛対象として見るなんて、師として恥ずかし――」
「魔法使いの中には師弟から夫婦になった者もいるではありませんか。それに今の師匠と私は弟子ではありませんし、夫婦ですよ? なにも躊躇うことはありませんよね?」

 アンブローズはぐいと更にレイチェルに近づく。レイチェルはたじろぐが、アンブローズにがっしりと掴まれているせいで逃げられない。

「師匠に惚れてもらえるよう努力します」
 
 この頑固な弟子がそう宣言すれば、彼は目的を成し遂げるまで頑なに貫くだろう。
 レイチェルは思わず空を仰いだ。