「それでは、雑貨店に行きましょう。ここから大通りを挟んで反対側に人気の店があるんです。まずは通りまでお願いします」

 パトリスはブラッドの手を取り、ゆっくりと彼を誘導する。大通りに出てから反対側の道筋へと渡り、ブラッドの案内を頼りに歩いた。

 そうして辿り着いたのは、深い緑色の外壁が上品な一軒の店。
 店内は外から見てもわかるほど賑わっており、パトリスは慎重にブラッドを案内した。

「ここは貴族にも平民にも人気の店らしいです」
「たしかに、置いている品はどれも洗練されていて素敵ですね」

 アクセサリーやハンカチはもちろん、香水や化粧品まで置いてある。
 可愛過ぎず、豪奢過ぎず、しかしどこか上品な印象を与えるデザインをパトリスも好きになった。
 
 女性ものを置いている店のため、恋人や婚約者への贈り物を買いに来た男性の姿もある。
 
「良かったら、贈り物を選ぶのを手伝っていただけますか?」
「贈り物……ですか」
「はい、大切な人に贈りたいんです。アクセサリーを贈りたいのですが、俺はあまりよくわかっていないので、リズさんの意見を聞かせてくれると嬉しいです」

 パトリスはひゅっと息をのんだ。悪い予感がして、まるで紙の上にインクを垂らしたかのように不安が胸の中に広がっていく。

 この店で贈り物を選ぶとするのなら、贈る相手は女性だろう。それも家族ではなく、恋人か想い人に違いない。
 パトリスはブラッドが幼い頃に家族と死別したことを知っている。それ以来彼を育ててくれた祖父母も、今は他界している。
 
 じわじわと広がる不安が、パトリスの胸を締め付ける。涙が出そうになるのを、必死でこらえた。
 
「相手の方は……普段はどのようなものを身につけていますか?」
「それが、わからないんです。装飾品は全く身につけていなかったですし……彼女とはいつも、本の話をしていますから」
 
 相手を思い出しているのか、ブラッドの表情が柔らかくなる。かつて一緒にアンブローズの授業を受けていた頃に、パトリスに向けてくれていた笑み。パトリスが大好きな笑顔だ。

 それが自分ではない誰かのために浮かべられていると思うと、鼻の奥がツンと痛くなった。

「もしかすると、あまり豪奢なものを好まないかもしれませんね。髪飾りはいかがでしょう? 本を読む方なら、髪が本に落ちてこないようまとめられるものを好まれるかもしれません」

 パトリスは髪飾りが置いている場所にブラッドを連れて行き、一つ一つ手に取って説明をした。
 色と形と使い方を説明すると、ブラッドは真剣に相槌を打つ。

 よほど大切な人なのだろう。
 ブラッドの相手を想う姿を見ていると、パトリスの心はしぼんでいくばかりだ。
 
「こちらの小さな花があしらわれているものなら、派手過ぎず地味過ぎないので贈り物にいいのかもしれません」
「なるほど……ちなみに、リズさんはどのようなものが好きですか?」
「私……ですか?」

 パトリスはきょとんと首を傾げる。

「ええ、リズさんの人柄を知りたいので聞かせてください」
「私も派手なものは苦手なので、この小花の意匠や――あそこにあるリボンが好きです」 
 
 グランヴィル伯爵家では、貴族令嬢としての品位を維持するためにいくつかアクセサリーを与えられていた。
 魔法大家の令嬢に相応しい豪奢なデザインを見る度に、パトリスはどことなく気後れしていた。

 魔法が使えない、できそこないの自分がつけたところでアクセサリーに負けてしまう。そんな気がして、苦手意識を持った。

「そのリボンは、どんなものですか?」
「サテンの艶々とした、少し太めのリボンです。淡くて優しい雰囲気の水色が素敵なんです」
「それが、リズさんの好きなものなんですね」
 
 ブラッドは口の両端を持ち上げると店員を呼んだ。 
 彼は銀細工で小花をあしらったのバレッタに決めた。その花には水色の小さな宝石が嵌めこまれており、控えめにきらりと光って美しい。
 そしてもう一つ、彼は店員に言ってサテンのリボンも購入した。

 まさかと、とパトリスが戸惑っていると、ブラッドは唇の両端を持ち上げる。初めて見るような、どこか悪戯めいた笑みだった。
 
「リボンは今日の礼に受け取ってください。リズさんのおかげで、素敵な贈り物を選べましたから」
「……っ」

 ブラッドは店員から手渡された包みのうち、リボンをパトリスに渡す。もう一つは、上着のポケットの中に大切そうにしまい込んだ。
 
「実際に彼女に贈るのは、もう少し先になるので気が気でないです。なんせ貴族令嬢の彼女に贈るには粗末なものですから……だけど俺はとりあえず高価なものを選ぶより、彼女が気に入ってくれそうなものを探し出して贈りたいんです」

 ブラッドの想う相手は貴族令嬢だとわかり、パトリスは胸から喉までを締め付けられているような苦しみを覚えた。

 爵位を得たブラッドには、その立場をより強固なものにする為にも貴族令嬢との婚姻が必要だ。そうとわかっていても、いざブラッドの想い人が貴族令嬢だと聞くと、雪崩れ込んでくる悲しみに押しつぶされそうになる。
 
「……その方は、幸せ者ですね。ホリングワース男爵から心のこもった贈り物をいただけるのですから、きっと喜ばれるかと思います」
 
 やっとの思い出言葉を紡ぐと、目元にさっと指を走らせて雫を拭った。

「さあ、屋敷に帰りましょう」
「……はい」

 ブラッドは薄紅色の包みを片手で大事そうに抱える。あんなにも彼に愛されているその令嬢のことが、妬ましくなった。
 
 店を出て帰りの馬車に乗ったパトリスたちは、ブラッドの屋敷を目指す。
 パトリスはしゅんと項垂れて外を眺めていると、屋敷の門の前に見慣れぬ馬車が一台停まっているを見つけた。その車体には、オルブライト侯爵家の家紋があしらわれている。

「ホリングワース男爵、屋敷の前にオルブライト侯爵家の馬車が停まっています」
「あれ? 師匠は俺たちが出た時に帰ったはずですが……もしかして、戻ってきたのでしょうか?」
 
 パトリスとブラッドは首を傾げた。そうして屋敷に辿り着いた二人を待っていたのはアンブローズではなく――アンブローズの妻、パトリスの実の姉であるレイチェルだった。
 
「ごきげんよう、ホリングワース男爵。突然訪問した無礼をお許しください。少し、お時間をいただけて?」

 そう言い、レイチェルは氷のような瞳をパトリスに向けた。