行き詰まりに焦燥を覚えていたある日、ブラッドは急にアンブローズに呼び出され、パトリスの姉のレイチェルと婚約したと聞かされた。ひと月後には式を挙げるらしい。
 師匠は死ぬまで独身を貫くとばかり思っていたブラッドにとって青天の霹靂だった。

「どうして、結婚を……?」
「手塩にかけて育てた愛弟子がうちの家門を継いでくれなかったからね。今更いちから弟子を見つけるわけにもいかないし、結婚することにしたんだよ」
「……申し訳ございません」
「いいんだよ。どのみち、魔法大家のグランヴィル伯爵家との結びつきを強固にしたかったからね。グランヴィル伯爵からの提案を断る理由はないと判断したんだよ」

 グランヴィル伯爵はアンブローズと年近く、彼の同僚だ。娘を自分と同じくらいの年頃の夫に嫁がせるなんて平民出身のブラッドには信じ難いことだが、それが貴族の婚姻だ。 ブラッドは師匠の結婚を祝福した。

 式の当日、ブラッドはパトリスに会えるのではと密かに期待したが、彼女の姿はどこにもなかった。パトリスはまだ、領地で療養しているそうだ。
 内心がっくりと肩を落として参列していたブラッドは、招待客の中にレイチェルの師匠のトレヴァーを見つけた。弟子が仇敵の妻となったためか、トレヴァーはいつになく不機嫌そうだ。
 
 しかしトレヴァーは弟子のレイチェルには目もくれず、招待客を見回している。まるで誰かを探しているようなその様子が妙に引っかかった。
 式が終わると、トレヴァーはアンブローズとレイチェルに声をかけて会場を後にした。
 どうもトレヴァーの様子が不審に思えたブラッドは、さりげなく後をつける。

 誰もいない廊下で、トレヴァーは大きなため息をついた。
 
「はあ、今日こそ次女を見れると思ったのに、領地に隠したままか。わざわざオルブライトに足を運んでやったと言うのに、骨折り損だったな」

 投げやりに呟いた言葉が、ブラッドが感じていた違和感を確信へと変えた。
 
 間違いなくトレヴァーはパトリスを探していた。
 彼は高度な魔法を使える貴族で、その気になれば口止めの魔法を使えるだろう。おまけに彼の父親が銀髪の子どもを研究のために酷使した過去がある。彼もまた、同じ研究をしている可能性を考えた。
 
 ブラッドはアンブローズに式での出来事とこれまでの捜査結果を伝えた。それ以来、二人はトレヴァーの動向に目を光らせている。
 
 そんな中、ブラッドは地方都市に現れた黒竜の討伐に行くことになった。遠征から帰ったらまた、調査を再開しよう。そう決意したブラッドだが、遠征先で黒竜を倒した際に竜が反撃で放った魔法のせいで視力を失ってしまった。
 王都に戻ったブラッドは仲間たちに半ば強制的に王都にある中央神殿へ押し込まれ、そこで入院していた。その間にブラッドは領地と屋敷を賜ることや、前線から外れて教官となることが決まった。
 
 ブラッドが仲間に頼んで代筆してもらった手紙をアンブローズに送ると、アンブローズはすぐに駆けつけ、ブラッドにかけられた魔法を解こうとした。しかし竜の魔法は想像以上に強力で、アンブローズの手にも余るものだった。
 
 退院したブラッドが国王から褒賞を賜ったその日、アンブローズは再びブラッドの前に現れる。

「今からうちにおいで。これからのことについて話そう」

 ブラッドは頷くと、アンブローズに助けられながらオルブライト侯爵家の馬車に乗った。
 そうして彼は知らない間にパトリスと再会し、彼女をメイドとして雇うこととなった。