騎士団に入団する前、ブランドは騎士団の入団試験を受ける前にアンブローズに魔法使いにならないことを伝えた。

「あ~あ、騎士団に愛弟子をとられちゃった」
「……今までお世話になった恩をお返しできず、申し訳ございません」
「謝らなくていい。君がしたいことを見つけたんだ。応援するよ。それに、騎士なら魔法使いよりも早くに爵位を貰える可能性があるもんね? 早くパトリスに告白できるよう頑張ってね」
「――っ、そのことで、さらに謝罪があるのですが……」

 ブラッドはアンブローズに深く頭を下げた。

「俺はオルブライト侯爵家の当主になれません。自らの手で爵位を手にして、パトリスに求婚するつもりです」
「……わかったよ。どのみち、君が本当にパトリスに想いを伝えるのであれば、いつか私から言おうと思っていたことだ。パトリスに求婚するのであれば、オルブライト侯爵家のような魔法使いのしがらみにまみれた家門は相応しくない。魔法で苦しめられてきたあの子を、魔法から助け出してあげるためにもね」

 それは、アンブローズがパトリスを養女にできない理由でもあった。オルブライト侯爵家はグランヴィル伯爵家ほどではないが魔法使いを数多く輩出しており、一族の大半が魔法使いとなっている。もしもパトリスを迎え入れると、彼女は魔法を使えないことをまた思い悩むだろう。

「早く騎士として成果を上げて、お姫様を迎えに行くんだよ」
「はい」

 王立騎士団に入団したブラッドは、目覚ましい活躍で仲間たちから評価された。鍛錬と戦術の勉強に励んだ努力は報われ、一年も待たず見習い騎士から正騎士となり、二年後にはひとつの部隊を任される隊長となった。
 
 目まぐるしい日々を送っていたブラッドだが、定期的にアンブローズに会ってはパトリスの近況を聞いていた。本音を言うと顔を見たかったが、もしもパトリスに会うと、決心が揺らいですぐにでも想いを伝えてしまうのではないかと危惧していたため、何度も踏みとどまった。
 いつパトリスに縁談が持ちかけられるのかわからず、焦っていたのはたしかだった。逸る思いを抑え、パトリスに送る手紙にはつとめて兄弟子らしい言葉を選んで書いたのだった。
 
 その二年後、男爵位を得たブラッドはパトリスに想いを伝えようとしていた。しかし王国各地で魔物の大量発生が起こり、パトリスに会いに行くのはおろか休みさえ取れない状況だった。
 ようやく会いに行けると思った矢先、王国南部に現れた海竜を討伐する遠征に参加することなる。

 遠征前に武器を手入れしようと街へ出たブラッドは、馬車が横転した音を聞いて現場にかけつける。平民らしい服装の男が二人、馬車に乗っていた女性の腕を掴んで連れ去ろうとしていた。
 その女性がパトリスであることに気づいたブラッドは、男たちを焼き払うつもりだったが、パトリスを怖がらせてしまうと思い留まり、威嚇する程度の火炎魔法で彼らを攻撃した。
   
 いつもはグランヴィル伯爵家の屋敷に閉じ込められているパトリスがなぜ外にいるのかわからず困惑した。しかし怯えているパトリスを安心させるために、彼女に寄り添うことに専念したのだった。
 
 パトリスを屋敷に帰したブラッドは、アンブローズにパトリスが誘拐されそうになったことを手紙で知らせた。
 アンブローズからすぐに返事が来た。パトリスの存在を知る何者かがパトリスが治癒の魔法が使えると目論んで狙っている可能性があるとして、犯人を捜し出すと書かれていた。

 ブラッドもその捜査に加わることにした。非番の日はアンブローズのもとを訪ねてお互いの捜査状況を共有した。
 爵位を得たらすぐにパトリスに想いを伝えようとしていたブラッドだが、愛する人を脅かす存在を排除することを優先したのだった。

 実行犯の二人を尋問したが、彼らは自分たちはただ雇われただけだと主張した。依頼主の正体はわからないと、口を揃えて言うのだった。
 根気強く尋問して口を割らせようとしたが、二人とも魔法で口止めをされており、決定的な証言を得られなかった。

 それでもブラッドは諦めず、情報屋を雇って二人の依頼主を探した。その折、グランヴィル伯爵家が隠していた噂の次女が、伯爵領にある別邸で療養することとなったという噂を耳にした。
 先日の事件により精神的な負荷が強く、日常生活がままならなくなってしまったのだと聞く。

 噂を聞いたブラッドは居ても立っても居られなくなり、グランヴィル伯爵にパトリスへの面会を願い出たが、とてもではないが人に会わせられる状態ではないと言って断られた。
 アンブローズに相談したが、結果は同じだった。パトリスは、アンブローズにも会えない状態らしい。
 
 実際はパトリスはアンブローズの家でメイドとして働いていたのだが、ブラッドには知られたくないというパトリスの願いを叶えるために嘘をついていた。
 しかしアンブローズを全面的に信頼していたブラッドは、その嘘を信じていた。
 
 それ以来、ブラッドは以前にもまして捜査に力を入れた。愛する人を傷つけた犯人を、決して許すつもりはなかった。

 情報屋からの報告によると、事件が起こる以前、実行犯の男たちが入り浸っていた酒場の近くに貴族家の馬車が停まっていたそうだ。馬車の車体には家門がなかったが、造りがよく手入れが行き届いている馬車だった。
 普段は馬車が通りことのない場所だったため、周辺に店を構えている店主や客たちは物珍しく思って眺めていた。

 その日、実行犯の男たちが店の外で何者かと話していた声を、近くにいた平民たちが聞いていた。
 銀髪の貴族令嬢を屋敷に連れて行けば絶対に、その場で金貨百枚をくれるのだろうなと、男の内の一人が言っていたそうだ。

 男たちと話している人物は黒色のローブを頭から被っていたため、性別も年齢もわからなかったらしい。
 しかし声は男性のものだったと、近くに居合わせた人物が証言していた。老人の声だが、しわがれてはなく、よく通る声だった。言葉遣いは丁寧で、どこかの屋敷に仕えている使用人ではないかとも言っていた。

 集めた情報をまとめると、犯人は貴族で、口止めの魔法を使えるほど魔法の実力がある者らしい。
 口止めの魔法は、かけられた者が特定の内容を話そうと思うと同時に発動する精神操作魔法だ。人の精神に作用する魔法、特に特定の内容に限定して発動させるものは、魔法の中でも高度な技術が必要となる。
 犯人は魔法に長けた家門で間違いないだろうと目星をつけた。

 しかしそれ以上の証拠は見つからず、捜査は滞ってしまった。