「レイチェル、君もそう思うだろう?」 

 扉の外にいたレイチェルは、返事の代わりにアンブローズを睨みつけた。
 パトリスと同じ色、しかし氷の剣のような冷たさと鋭さを併せ持つ、水色の瞳で。
 
 レイチェルは黒地に銀糸の刺繍が施されたマーメイドドレスを着ており、金色の美しい髪は結婚した貴婦人らしく結い上げている。
 年上の大魔導士に嫁いだ年若い妻の雰囲気はなく、むしろ侯爵夫人としての風格が現れている。

「たしかに魔法使いの中にはそのような者もいますが、全員ではありません。ひとまとめに批判するのはいかがかと思います」

 レイチェルは眉一つ動かさず、水色の瞳にアンブローズを映す。彼の心を見透かそうとしているような眼差しだ。

「ところで、私に黙ってパトリスを外に出すとは、どういうおつもりなのです?」
「なんだ、もうバレてしまったのか。温室に盗聴魔法でもかけていたの?」

 アンブローズはわざとらしく肩を竦める。パトリスの刃のような視線も、彼にとっては痛くも痒くもない。

「あの子の願いを叶えてあげたいだけさ」
「気まぐれなことを。時が来たらあの子をオルブライト侯爵領の領主邸で働かせると、婚約する時に言っていたではないですか!」
「事情が変わったんだよね。まあ、どのみちパトリスがこの屋敷を空けるからいいだろう?」
「約束が違うわ……!」
「口約束で残念だったね。どうしても守ってほしいのであれば、契約書に書くべきだった」

 アンブローズはレイチェルに歩み寄ると、体を屈めて彼女の顔を覗き込む。水色の瞳には不敵な笑みを浮かべたアンブローズが映り込む。
 
「私はパトリスの師として、あの子の意思を尊重したいんだよ。師匠というのはね、弟子のためなら卑怯者にもなれるんだ」
 
 怒りでわなわなと震えるレイチェルに畳みかけるように、彼女の耳元に口を寄せる。
 
「パトリスと君はもう赤の他人だ。パトリスがなにをしようと、口出しする権利はないはずだよね? それとも、今からパトリスを捕まえて、みんなの前で姉らしく振舞って止めるつもりかい? それは得策ではないと思うよ」
「――っ」
 
 レイチェルは歯を食いしばると、黙って踵を返す。
 アンブローズは去り行く妻の背を眺めながら、ほろ苦く笑った。
 
「我ながら大人げなかったな。おまけに、救いようがないほど性格が悪い」

 そっと溜息をつくと、耳元で揺れるピアスに指先で触れた。

「レイチェルを見ていると師匠を思い出してしまうから、どうも大人らしく振舞えないんだよねぇ……まあ、ただの言い訳になってしまうけれど」

 ゆっくりと瞼を閉じると、今は亡き師匠の姿を思い浮かべるのだった。