ひとまずは現実逃避しよっと。

 思わず、ひとりごとがこぼれる。


「パンジーかわいい! こっちはアネモネかな? えっと、あれは……」

「ロベリアだよ」

「――っ!」


 びっくりしてふり返ると、立っていたのは――雪平先輩!


「ゆ、ゆ、雪平先輩っ!」


 わたしはあわてて立ち上がって、雪平先輩をまじまじと見つめた。

 雪平先輩は黒のスーツ姿ではなく、学校指定のジャージ姿で、手にはじょうろを持っている。


「加賀美……だっけ? 何してんだ、お前?」


 いぶかしげにわたしを見やる雪平先輩は、執事になりきってるときとは、まるで雰囲気がちがう。

 執事のときは落ち着いた声のトーンで、たたずまいも上品な感じ。

 だけど、今の雪平先輩はちょっと不良っぽい男子だ。

 これが雪平先輩の“素”の状態なのかな?

 それでも整った顔立ちなのは変わらないから、ドキドキしてしまう。


「えっと……お花がきれいだなぁ……と思って……。あはは」


『お嬢さま部』に用があるとは言えず、ごまかすわたし。


「雪平先輩こそ、何を……?」

「……俺は、花に水をやりにきたんだよ」


 そう言って、雪平先輩はじょうろで花に水をかけていく。

 しばらく沈黙が流れて、わたしは何となく、その様子を見つめていた。

 ヤダな。なんか気まずい……。