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住み慣れた大阪の街。
やかましいけど、ええ奴らばっかのクラスメイト。
気前のいい、近所の商店街の大人たち。

そんな地元が、俺は大好きや。
…それやのに。

親の都合で転校することになって、
(真澄 純)は、不貞腐れていた。

今は新しい学校の事前見学中…やけど。

…どうも気が乗らん。
地元のあいつらは、
俺がおらんでも楽しくやってんやろな。

はぁ、と今日何度目かわからんため息を吐いた。
「幸せ逃げんで」なんて、
いつもなら秒速で入るレベル1のツッコミは、
もう誰も入れてくれん。

込み上げる寂しさを、なんとか堪えながら、慣れない校内を散策する。
今は放課後。授業はもう行われていない。

あー、無人の教室ばっかりでつまらん。
自由に見てええて言われたし、
入る予定のサッカー部、見にいくか…。

運動場へ向かうため、一度中庭に出る。

そこで…

時が止まったかのような感覚に陥り、
動けんくなった。

1階の、ある教室の窓。
風で揺らいだカーテン。

その奥に。

ピンと行儀よく伸びた背筋、
澄んだ大きな瞳、
丁寧に束ねられた、しなやかな髪を少し揺らし、
イーゼルにのったキャンバスと懸命に向き合う、
美しい女性の姿に目を奪われた。

初めての衝撃に戸惑い、
ただ見つめることしかできんかった。

先ほどまで聞こえとった、
運動場からの声、吹奏楽部の楽器の音、周囲の木々の葉擦れの音さえも、うまく耳に入らん。


彼女はこちらに気づく様子もなく、
1人楽しげに、活き活きと筆を滑らせていく。


憂いていた心が、どんどん晴れていく感覚。

こ、これが一目惚れってやつか…


男兄弟のみで、これまで中高と男子校やった俺は…
お恥ずかしながら、初恋もまだ。

それでも、これが恋と理解するんに、10秒もかからんかった。



無音やった世界に、
突然、運動場方向から「ビーッ」と、部活の終了を知らせる笛の音が大きく鳴った。

それが合図かのように、目線の先の女性は、
ささっと片付けをして、教室を離れてしまった。


ようやく動けるようになった俺は、
職員室で挨拶を済ませ、帰路につく…けど、
まだ彼女の姿が、鮮明に、頭に焼きついて離れてくれん。

次に会ったら、絶対に声をかけよう。
でも何を話せば…

うーん…まずは、名前から、やな…