『ビーッ』
グラウンドから、
いつもの笛の音が聞こえてくる。
いろいろあったけど、今日の部活も終了だ。
……なんだか今日は長く感じたな。
「真澄くん」
「…………」
「…おーい、真澄くん。部活終わったけど……」
「……えっ?!あ!すんません!」
「大丈夫?帰れる?
あ。画材とか、そのままでいいからね」
「あ、は、ハイ……。
あの、今日はありがとうございました」
「ううん。気をつけて」
真澄くんと、部員のみんなを先に帰し、
私は、一人残って後片付けをしていく。
うーん。しかし。
何回見てもうまいな、この猫。
……あ。
結局、入部どうするのか聞くの忘れたな——
『——ガラッ』
手元のスケッチブックを眺めてぼんやりしていると、
つい先ほど閉めたはずの美術室のドアが、
誰かによって開けられた。
「!」
驚いて振り向くと、
目に映った正体は……
「ま、真澄くん!」
——先ほどまでここに居た、真澄くんだった。
「どうしたの?忘れ物?」
キョロッと辺りを見回してみたけど、
別に、それらしき物は落ちていない。
「………」
彼は何も言わず、
俯き気味でツカツカとこちらへ向かってきて………
ハガキより一回り小さいサイズの、
白い紙を私に差し出した。
「えっ…………?」
……見てもいい、ってことだよね?
真澄くんから受け取った用紙に目を通す。
「………えっ!?
ま、真澄くん、これ……!」
——そこには、『入部届』と書かれていた。
ってことは………!
嬉しい!
うちに入部してくれるんだ………!
………と喜んだのも束の間。
「………ん?
ん?!あ、あれ?」
落ち着いて、
よくよく届けの内容に目を通すと……
「——————さ、サッカー部?」
入部先となる[部活動名]の欄には、
見間違う隙も与えないくらい、
達筆で大きく[サッカー部]と書かれていた。
……どういうこと?
当然だけど、
『サッカー部』の入部届の提出先は、
決して『美術部』の部長ではない。
強めの筆圧で堂々と書かれているから、
書き損じってことはない……よね。さすがに。
…それでは一体、
どうして、これをここに………。
……真澄くんの行動の真意がわからない。
「すんません……。
せっかく栞さんに誘ってもらったけど……。
俺やっぱり、
いっちゃん得意なサッカーやろう思います。
……ほんまにすんません」
ようやく口を開いた彼の声は弱々しく、
肩を落として申し訳なさそうにしている。
……ああ、そうか…………。
『うちにこないか』なんて、
私の軽はずみの一言が、
こうして彼に謝罪をさせてしまってるんだ。
いや、うちに来て欲しいと思ったのは事実なんだけど。
困らせるつもりはなかったから、罪悪感がすごい。
「いやいや、ぜんぜん!気にしないで!
他にやりたいことがあるなら仕方な……
「そんで!」
真澄くんが、パッと顔を上げた。
また、私を射るような瞳が飛び込んでくる。
……真剣な眼差し。
その瞳と視線が合い、
私の心臓は、一度だけ強く脈打った。
「そんで……
絶対レギュラーなって、ええとこ見せるんで、
栞さん、試合見に来てくれませんか……!」
静かな美術室で、
その声は残響となる。
「……う、うん。
……わかっ、た……よ?」
真澄くんの勢いに圧倒され、
そう返事をするのがやっとだった。
「………」
「………」
数秒の沈黙。
異変はすぐに起きた。
みるみるうちに、
真澄くんの顔が赤くなっていく。
汗の量もすごい。
「………ほ、ほなこれ、出してきますんで」
パッと、彼はまた俯いて、
美術室を出て行ってしまった。
………なんでだろう。
その足音が、やけに耳に残った。