「荷物はそれだけか?」
「はい、もともとあまり荷物は多くないので」
 翔太と別れた時に、だいぶ服や小物を処分したからだ。
 デートで着ていたワンピース、おそろいのマグカップ、お皿やクッションまで全部捨てた。
 ツラくて見ているのが耐えられなかったからだ。

 それなのに、ヨリを戻そうなんて。
 あんな気軽に。

「荷物を持ってついてこい」
「はい?」
 よくわからないまま靴を脱ぎ、部屋の中へ。
 外をガラガラしたスーツケースのまま入って良いのかわからなかったが、少し重いので持ち上げるのは無理だった。
 広すぎるリビングからさらに奥へ進むと、西郷は最初の扉の前で立ち止まる。

「この部屋を使え。ゲストルームだ」
「は? い、いえ、あの、」
 ホテルですか? と聞きたくなるほどの部屋は、ダブルベッドを含む家具家電付き、シャワーもトイレも完備だ。

「部屋はたくさんある」
「そうではなくて」
「ここなら夏目の送迎が楽だ」
 そういうことじゃなくて~。

「とりあえず出社時間だ。行くぞ」
「えっ? あの、西郷CEO」
「……彰だ。俺の名前」
 知っているかと聞かれた美沙は顔面蒼白になった。

 CEOのお名前知らなくてごめんなさい~。
 
「彰と呼べ」
「あ、彰様?」
「……気に入らないが、まぁいい」
 気に入らないって何がですか~?