婚約破棄されたけど、そういう演技が必要なことをまるっと忘れた私は、すんなりと頷いて……それで、彼はどうしてと驚いていたんだ。

「ああ。驚いた。だが……やはり、君に記憶がなかったんだな。そうだと思っていたし、レティシアを信じていたが、すぐにそのままデストレにまで連れ去られてしまったことには驚いた」

「リアム殿下。ごめんなさい……」

 これは、私が申し訳なく、謝るしかない。記憶を失っていると言えど、全部、私の勘違いから起こったことだもの。

「レティシアが謝ることはない。良かった……ずっと、心配だった。君に会えなくて」

 リアム殿下は私の身体をぎゅうっと抱きしめて、彼の切ない気持ちが伝わってくるような声音に、私は不覚にもきゅんとした。

 一緒に演技していたはずの婚約者は、いきなり辺境伯に攫われてしまって会えなくなったんだから、それはすっごく心配だと思う。

「私……すごく、失礼なことをして……その」

「もし……あの夜から、これまで俺がどんな気持ちを味わったかを試したら、辛くて死にたくなることは間違いないよ。俺は結婚するのなら、レティシア以外は考えられないから」