○引き続き柚季の家

台所でお湯を沸かしている柚季。ちょっと考え事をしている様子。

柚季(それにしても、姪が記憶喪失っていうのにあの叔母、なんか全然平気そうだったな。普通悲しがったり焦ったりすんじゃねぇの? 仮にも一緒に住んでたんだよな?……まぁいいか。俺にはかんけーねぇことだ)

お湯が沸き、カップラーメンに注ぐ柚季。澪奈が待つ部屋にそれを持っていく。澪奈はベッドの上で手錠をカチャカチャしたり、体をよじったり、ジタバタしている。そんな澪奈を見下ろし、不憫そうな顔をする柚季。

柚季(享年17歳は流石にちょっと可哀想だけど……、これも俺が総長になる為に必要な事だ。悪いが俺の踏み台になってもらう)

柚季(…っと、その前に飯飯。はー、ちょー腹減ったー)

ベッド脇の床に座る柚季。

柚季(女は何も喋んねぇし、楽だ。扱いやすい)

机の上に散らばる物を適当にどかし、食べる準備をする。時計をチラ、と確認する。

柚季(よし、3分経ったな)

カップラーメンのフタを開け、食べようとする柚季。その時今まで言葉を1度も発しなかった澪奈が初めて声を上げた。

澪奈「あ」
柚季「…っ」

いきなりの事でちょっとびっくりする柚季はゆっくりと澪奈の方に視線を向ける。すると澪奈は口を開けてラーメンをじっと見ていた。ブスッ、としながら柚季がラーメンをちょっと隠す。

柚季「…なんだよ」
澪奈「あ、!」

次の瞬間、澪奈はさらに大きな声を出し、ラーメンを指さした。

柚季(うわ、なんだよ……。まさか欲しいとか?)
柚季「だめ!これは俺がずっと食べるの楽しみにしてたやつなんだ!こっち見んな!シッシッ!」
柚季(これから死ぬ女なんかにあげてたまるか!)
澪奈「…んまっ!」
柚季「は?」

澪奈はまだラーメンを名残惜しそうに見つめている。

柚季(ちょっとしか声出てないけど、何かを言いたがっているのはこれでもかと伝わってくる。なんだこいつ……)
澪奈「っ…、くっ……、、んまっ!」
柚季(”‬ く ま ‪”…? もしかして…、フタが欲しいのか?)

ようやく澪奈の発している言葉が分かった柚季。どうやら澪奈はラーメンのフタに描かれているくまのイラストを気にしている様子。どうやら欲しいのはラーメンじゃなくて、フタの方らしい。

柚季(まぁ、ラーメンはくれてやらねぇけど、ゴミぐらいならいいか)

フタをめくる柚季。しかしめくり方が悪く、ちょうどくまの顔ど真ん中をビリ、と破いてしまった。

柚季「あ」
澪奈「…ま…、、、く、…ま………。」

チラッ、と澪奈を見るとこちらに向けていた指はブルブルと震えていて、絶望の縁に立たされたような顔をしていた。流石の柚季もちょっと申し訳なさそうな顔をする。

澪奈「ま。…、、、…っ、、」
柚季「しっ、しょうがねぇだろ!破いちゃったんだから!あ!お前のせいだからな!お前がフタなんか欲しがるから!」

なんか責められてるような気分になり、とりあえず自分の不器用さをぜーんぶ澪奈に擦り付ける柚季。すると澪奈が死ぬほどでかい声で泣き出した。

澪奈「わぁああああああああああああああああああああああああああああああああん…っ、!!」
柚季「あ!ちょっとお前!うるさ…っ」
澪奈「わぁあああああああああああああん…っ」
柚季「静かにしろ!ここアパートだぞ!近所迷惑に…っ」
柚季(今まで声出なかったのは一体なんだったんだよ!)
澪奈「わぁああああああああああああああん…っ」

ーードンドン!!!

天井から、静かにしろ!と言わんばかりの怒りがこもった音が聞こえてくる。どうやら2階の住民が床を殴っているようだ。

柚季(やべぇ…上の部屋の人、今年多分受験生なのに!)
柚季「お前!ちょっと静かにっ…」
澪奈「わぁああああああああああああん…っ」
柚季(どんだけ泣くんだよ!!)
柚季「あー!!!分かったよ!!もうっ…!!!」
柚季(…っとに!!なんなんだよ、こいつ!)

柚季が大きくテーブルを叩くと澪奈は泣き止み、静かに鼻を啜った。泣き腫らした真っ赤な目で柚季を見つめてくる。

澪奈「ぅ……っ、、ぐすん……っ」
柚季「直せばいいんだろ!直せば!」

まっぷたつに破けたフタを適当にセロテープで止めて澪奈のとこに持っていってあげた柚季。ぶっきらぼうに差し出した。

柚季「ん」
澪奈「…」

澪奈のビショビショのほっぺが視界に入る柚季。ちょっと罪悪感に駆られる。

澪奈「あ、…あ!」
柚季「は?」
澪奈「あ…、…と、っ…あ、と」
柚季)(”‬ あ り が と ‪”‬、っぽいな)
柚季「…別に」
柚季(ただのゴミなのに、そんな嬉しそうにされても…)

純粋すぎる感謝の眼差しにちょっと拍子抜けする柚季。澪奈は貰ったばかりのフタを満足気に見ていた。かと思ったらすぐにフタから視線を外し、柚季を真っ直ぐと見つめた。

柚季「くま…っさん!…だっ、…、、ねっ、」
訳: ‪”‬ く ま さ ん だ ね っ ! ‪”‬

柚季「…っ、」

あまりにキラキラとしている眼差しを向けられ、柚季の心臓は大きく跳ねた。

ドクン!

柚季(なんだよ、こいつ…。キラッキラな笑顔でこっち見やがって。てか今俺心臓ドクン!っていった!?なぜ!?)

ぐぅーーー…
ぐぅーーーっ…

その時。澪奈が盛大に腹を鳴らした。しかし本人は気付かず、呑気にニコニコしてフタを眺めている。柚季はそんな澪奈の姿に何を思ったのか小皿に取り分けたラーメンを差し出していた。

柚季「ん。やるよ。3分の1」
柚季(別に意味なんてない。ただの気まぐれだ)

澪奈はそれを見るなり、パァ…、とラメが散ったような笑顔になった。凄く嬉しそう。

澪奈「…っ、らっ…、、めっ…らーめ。」
柚季(……なんだこいつ。変な奴)
柚季「ほら。口開けろ」
澪奈「あー」

パク。

フォークで食べさせてあげる柚季。澪奈はほっぺたを膨らませてモグモグしている。手錠は外さないまま。

柚季(これぞ最後の晩餐、ってやつだな)
柚季「はい。終わり」

あっという間に食い尽くした澪奈。

澪奈「いー、…ぱ!、、ぱ!」

テキパキと片付け、自分の分のラーメンを食べようとベッドから降りる柚季。その間にも澪奈がなにかぶつくさと喋っていた。

澪奈「ぱーぁ!、、っい!」
柚季「これ以上はあげないからな!あとは全部俺の!」
澪奈「お、、…、、な、か!!いーっ、、…ぱぁい!」
訳: ‪” お 腹 い っ ぱ い ‪”
柚季「あっそ、よかったな」
柚季(もっと、と請求されたかと思ったが違ったようだ)
澪奈「ぅん!」

柚季「あーー!伸びてんじゃねぇか!」

自分の分のラーメンを食べようとした柚季は不満の声を漏らす。ラーメンが伸びていたのだ。

柚季(そうだよ!よくよく考えたらそうじゃねぇか! ラーメンって…、ほっといたら伸びるじゃねぇか!!)
柚季「もーーーーー…。」

でっかいため息を漏らす柚季。ふと視線を感じ、振り向くと澪奈が柚季を心配そうに見ていた。

柚季「…なんだよ、こっち見んな!お前のせいで散々だ!べーっ、だ!あっかんべーっ、だ!」

不貞腐れて澪奈に八つ当たりをする柚季。すると、澪奈が瞳をうるうるさせて下唇をハムッ、と噛んだ。

澪奈「…だ……っ、」
柚季(またなんか言おうとしてるし)
澪奈「…………じょー…ぶ?」
訳: ‪”‬ 大 丈 夫 ? ‪”‬
柚季(大丈夫?、じゃねぇよ。ったく…。ふざけんなよ……)

チラ、と伸びきったラーメンを見る柚季。

柚季(まぁ、こいつに罪はないか)

仕方なく、ラーメンを食べ始める柚季。その様子を澪奈は後ろでニコニコして眺めていた。

*1時間後*

さっきあげたラーメンのフタを胸の上に乗せて、澪奈がベッドで大の字に眠っている。完全無防備。そんな澪奈に近づく柚季。ぺたぺた、と頬を叩いてみるが規則正しい寝息が聞こえるだけ。柚季は澪奈の身体に馬乗りになった。

ベッドが軋む音に一瞬ビク!と肩が跳ね上がるが、澪奈は相変わらず熟睡中。「んん…」と軽く唸る程度。息を飲み、俺はそっと女の首元に手を伸ばす柚季。脳裏に((綾瀬澪奈という女を殺せ。いいな?))と、指示する総長の声がよぎる。

柚季(この女を殺せば俺は…、次の幹部に推薦してもらえる。これは俺が上にのし上がる為に与えられた大きなチャンスだ。無駄にはしない)

覚悟を決めた柚季は、グーッ、と澪奈の首に力を込め始める。ドクン、ドクン、の首を流れる澪奈の血液が結構ダイレクトに手のひらに走るが無視して、力を込め続ける。澪奈の瞳は未だ閉じたまま。

柚季(まだ寝てやがる……呑気なもんだな。まぁ仕方ねぇか。さっき食べさせたラーメンにこっそり睡眠薬を入れておいたんだから)

〈柚季sideモノローグ〉

​────当初の予定であった毒殺は女の目が覚めた今使いずらかった。多分苦しんで死ぬことになるだろうから。俺だって一応は人だ。人の心、ってもんはある。殺す際、泣き喚かれて命乞いでもされたらたまったもんじゃない。そうなったとて、決意が鈍る事は無いと思うが、きっと後味が悪い。眠っている間に死ぬ方がこいつ的にも苦しまなくていいだろ。俺的にもそっちの方が楽だ。

〈モノローグ終了〉

柚季「悪く思うなよ……」