看護師「この人は澪奈ちゃんの彼氏だよ〜っ」
澪奈「…」
看護師「西島柚季くん、っていうんだって〜。昨日澪奈ちゃんと1晩手繋いで、一緒に居てくれたのよ〜」
澪奈「…」

など。病室で看護師にあれこれ説明されている澪奈や、入院中の色々な澪奈の姿の最中に、柚季sideのモノローグ。

〈柚季sideモノローグ〉

​────めんどくさい事に、経過を見る為だとかなんとかで女の退院は3日後に決まった。まぁ、焦ることは無い。これも任務を無事遂行するための下準備だ。女の目が覚めてから退院までの3日間。俺は‪”‬怪しまれないようにする‪”‬ただそれだけの為に女の彼氏を演じ続けた。看護師にも叔母にも顔を見られたからには、慎重にいく。帰ったらすぐさま殺して、任務完了だ)

〈モノローグ終了〉


○病室(目が覚めた翌日の夕方)

角度を付けたベッドに座る澪奈のそばにいてくれる柚季。その姿は彼女に寄り添う優しい青年そのもの(本当は殺すことしか考えてないが)。そんな柚季を見つめながら、澪奈のモノローグが始まる。

〈澪奈sideモノローグ〉

​────話によると、私は階段から落ちて記憶喪失になっちゃったらしく……自分の名前しか思い出せることはなかった。
​────目が覚めてからずっと私のそばにいるこの男の人は私の彼氏みたい。いきなりそう説明されても全然ピンとこないかどけどニコッ、て微笑みかけてきてくれるし、すごく優しそうな人だった。タイプだな、ってなんとなく思うから私が先に好きになったのかな?なんて考えていた。

〈プロローグ終了〉

澪奈(トイレ行きたい……)

チラ、と柚季の方を盗み見る澪奈だが、柚季はボー、と窓の外を眺めていて澪奈の視線に気付いていない様子。ちなみに柚季はこの時、‪”‬どうやって殺そうか‪”などとろくでもないことを淡々と考えていた。

そこでベッドから起き上がりトイレに向かおうとする澪奈に気付いた柚季がよたよたする澪奈の肩を彼氏らしく支えてあげる。

柚季「澪奈、大丈夫か?」

澪奈がすぐにバランスを崩してしまう。その拍子に柚季の胸に飛び込む。

柚季「おっと……大丈夫か?」
澪奈「…」
澪奈(あわわわっ!ごめんね!)

目をぐるぐるにしてテンパる澪奈。そんな様子を見ていた看護師さんが澪奈に笑いかけてくる。

看護師「優しい彼氏さんで良かったわね〜。澪奈ちゃん!」

澪奈(確かに……すごい優しい…)

小さく頷き、柚季の顔をじっと見つめる澪奈。その私の視線を感じてか、すぐに柚季も澪奈の顔を見つめた。すると照れくさそうに目を少し伏せて、笑いかけた(もちろん演技)。

柚季「そんなじっと見つめられたら照れるだろ?」
澪奈「…っ、」

キュン!(▶︎ハートに矢が刺さっているイラストなど)

澪奈(笑顔までかっこいいとか…)

顔がポっ、と赤くなる澪奈は柚季の胸の中で、つい見とれている。

〈澪奈sideモノローグ〉

​────目が覚めて3日。
柚季は私が退院する日までずっとそばに居てくれた。目が覚めた日は私の叔母さんも居たけど会ったのはあの日だけだった。

〈モノローグ終了〉

○病院の外(夕方)

退院する澪奈を何人かの看護師が病院の外まで見送りに来てくれている。看護師さん達とのお別れにしょぼんとしている澪奈の隣には澪奈の荷物を持ってあげている柚季が微笑んでいる。

看護師「澪奈ちゃん!退院おめでとーっ!」

澪奈(いっぱいお世話になったから離れちゃうの、なんだか寂しい)

喋れない代わりにぺこり、とお辞儀する澪奈。

看護師「彼氏さんと仲良くね!」

澪奈の隣にいる柚季にチラッ、と視線を当てて微笑む看護師。いかにも礼儀正しい青年かのような立ち振る舞いで柚季は看護師さんに頭を下げる。

柚季「ですね、染谷さん。お世話になりました」
看護師「あら!名前覚えてくれたのね!」
柚季「あはは、覚えましたよ」

柚季と看護師さんが話しているそばで澪奈が不安げな顔をしている。

〈澪奈sideモノローグ〉

​────これから私は柚季の家で暮らすらしい。同棲、って事かな? 元々同棲してたのかな? ていうか、どうやって出会ったのかな? とか聞きたい事は沢山あるけどまだ聞けてない……。正直言葉が上手く喉を通ってくれないのは不安だった。しばらくしたらまた喋れるようになるのかな……。

〈モノローグ終了〉

柚季「じゃあ澪奈。行こう」

看護師さんとの話を終わらせた柚季が澪奈の手を握って優しく微笑む。その笑顔に不安だった気持ちが晴れていく澪奈。小さく頷いて澪奈も柚季の手を握り返す。

澪奈(まだまだ不安はいっぱいだけどこの人がいてくれるからきっと大丈夫な気がする……っ)

看護師「じゃあね〜、澪奈ちゃん!たっち!」

看護師さんが手をパーにして澪奈に向けてきたので恐る恐るといった感じで澪奈も手のひらを広げた。

ぺた。

最後に触れるだけみたいなハイタッチをして柚季と澪奈は病院を後にした。

○道(柚季の家に向かっている道中)

柚季と手を繋いで隣をちょこちょこと歩く澪奈。夕日に当たる柚季の横顔を見あげる澪奈。

〈澪奈sideモノローグ〉

​────柚季はスタイルも良くて、やっぱりその辺に歩いている人の視線を1回は集めちゃうようなかっこいい顔立ちだ……。こうして病院の外を一緒に歩くのは初めてだったから改めて思い知らされる。そしてその度にほんとにこの人私の彼氏なの!?って何度も疑ってしまう。そのくらいかっこよくて不思議なオーラを纏っていた。こんなにも優しくて親切な人なのに、私が柚季の事を何もかも忘れちゃった事は本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。柚季の事以外にも、私の頭の中は目が覚めてからの事しか埋まっていない。あの叔母さんの事も、もし友達がいたなら友達の事も……色々な事を忘れてしまっている自分がどうしようもなくもどかしかった。

〈モノローグ終了〉

澪奈(早く私の記憶、戻るといいな)
柚季「はぁー…」

柚季が大きなため息を吐き出した。頭にハテナを浮かべる澪奈は足元に視線を落とす。柚季の歩幅が大きくて、歩くスピードに澪奈が着いていくのに精一杯。繋いでいる手も、強引に引っ張ってズンズン先を進んでいる感じ。柚季は病院を出てもう猫を被る必要がなくなった為、本性があらわになりつつある。

澪奈(もう少しゆっくり歩きたい……)

言葉の代わりに繋がれた手にギュッ、ギュッ、と力を込めてみる澪奈。しかし気づいてくれない柚季。というか無視している。それからも柚季は速度を緩める所かどんどん早くなっていってしまった。もう澪奈は小走りのような状態で、徐々に息が上がってきてしまっている。

澪奈(柚季、ご機嫌ななめ? 私何かしちゃったかな……)

徐々に眉尻が下がり、目に涙が溜まっていく澪奈。

澪奈(ゆずきぃー……)
柚季「…ほら、早く歩けよ」
澪奈(なんか…柚季冷たい……)

ぶっきらぼうに、まるで奴隷を連行するかのように歩き続ける柚季。一気に人が変わってしまったみたいに感じて、唇を引き結ぶ澪奈。(涙を堪えている)

○柚季のアパートの前(歩いて数分後)

ボロボロで今にもお化けが出そうなオンボロアパートを前にして澪奈は若干怯む。

澪奈(柚季、おうち、ここ……? なんかお化け屋敷みたい)

ちょっと怖くなって繋いでない方の手で柚季の服をギューッ、と掴む澪奈。でもすぐにパッパッと払われてしまった。心底不機嫌そうな眼差しが降ってくる。

柚季「…伸びる。やめろ。お気に入りの服なんだから」
澪奈「…っ」
柚季「…さっさと行くぞ」
澪奈(……やっぱり冷たい)

そのまま澪奈の手をグイッ、と引っ張る柚季。引っ張られるまま、柚季の後をついて行き、薄暗い101号室の部屋に入る。

○101号室(柚季の部屋)

部屋に入った途端。
澪奈の手を1度離し、手首を掴み直した柚季。抵抗なんて出来ないくらい強い力で掴まれてしまい、澪奈が戸惑っているうちにも柚季はすぐにズカズカと奥へ歩き出してしまった。歩く度にミシミシギシギシしてて今にも崩れそう。

澪奈(わぁ…すごいボロボロ……、、)

それから廊下の突き当たりの部屋に連れ込まれるように入った。柚季が壁に取り付けられたスイッチに手を伸ばす。叩くようにスイッチが押されると薄暗い部屋がパァ!と一気に明るくなった。そこは、部屋の隅っこには、1人用の小さめのベッドが1つと、丸いテーブルが置かれてるだけの小さな部屋。全体的に物が散乱してて、ぐちゃぐちゃしている男の子、って感じの部屋。

澪奈(ここでこれから2人で住むのかな?)

呑気に首を傾げている澪奈の手首をさらに強く引っ張って迷うことなくベッドのある方に進んでいく柚季。ベッドの前で突然立ち止まった柚季は次の瞬間、澪奈の肩をドン!と思いっきり押した。
続けてベッドに仰向けでダイブした澪奈を見下ろした柚季がどこからかカチャカチャと音のするものを取り出し、それを澪奈の手首にカチャン、と付けた。

澪奈(え?…え?)

ひんやりとする感覚に手元を見てみると真っ黒な手錠が付けられていた。

澪奈(手錠……?)

慣れた手つきで、あっという間に澪奈の片手はベッドの柵に固定されてしまう。

柚季「…大人しくしてろよ」

それだけ冷たく言い放つと柚季は澪奈を1人残してせっせと部屋から出ていってしまった。