困ったことに、くれはちゃんが教えてくれたSNSの投稿はウソでもなんでもなく、次の日にはさらに広まっていた。
 『こういうときは周りを助けようとしないで逃げて』とか、『避難中に撮影なんてしてる場合か』など、反対意見がたくさんあったのも、記事が拡散された原因みたい。
 これってもしかして……炎上ってやつ?
 そのせいで、学校へ登校してからはさんざんだった。
「これ、石英さんでしょ! すっごい話題になってるよ!」
「すっげぇ。おれ、ニュース見てるだけでしょんべんちびりそうだったのに」
「いいなあ、ヒーローじゃん!」
 ウワサは事実とはぜんぜんちがう方向にねじ曲がって、私はいつの間にか一年生のヒーローにされていた。 休み時間はひっきりなしに誰かが私をはやしたててくる。しかもそれだけじゃなくて……。
「石英さん、ちょっと目立つことしたからって調子に乗らないでくれる?」
「『イイネ』稼ぐためにやったんじゃね?」
 そういう言葉も言われたりした。
 注目されるのは好きじゃない。しかも、スイが助けてくれなきゃ学校に行くどころじゃなかったかもしれないのに、それをヒーローだ、調子に乗っているだ、なんて。
 昼休みにもたくさんの人に質問されると思うと、だんだんお腹が痛くなってきた。
 しかたなく、私は早退することにした。昇降口に誰もいないことを確認して、うわばきを靴にはき替える。
 さすがにここまで追ってきて私に話しかけようなんて人は、いないよね……。
「一年三組、石英真由子!」
「ひゃいっ!」
 いきなり肩を叩かれて、私は持っていた靴を取り落とした。びっくりして振り返ると、私より背の低い男の子が、腕を組んで偉そうに立っていた。
「だ、誰……?」
「オレは二組の丸井広人(まるいひろと)だ! 名探偵を目指している!」
 ……これは、やばい人だ。 話しかけちゃいけない人だ。私は、落としてしまった靴をあわててはいた。
「同じ名探偵志望として、オマエと話したいことが、」
「しつれいしますっ!」
 昇降口からダッシュ!
「……って! ちょっとまてーっ!」
 ひぃいい! なんで追っかけてくるのぉお!?
「まてまてー!」
 足の速さでは、丸井くんにぜんぜん叶わなかった。私は校門を出たところで、肩をガシッとつかまれた。
「きゃあっ! ごめんなさい、ごめんなさい!」
 丸井くんはハッとして、両肩をつかんでいた手をはなした。
「女の子を怖がらせてしまった! 名探偵失格だ……」
「そ、その、私、早退するんです。丸井くんはまだ学校あるよね? 話はまた明日にでも……」
「学校よりも、ほまれ町の危機のほうがだいじだ! 事件の記憶が薄れる前に、証人から証言を聞き出すのが探偵の大事な仕事!」
「なに言ってるのー!?」
 もうだめだ。付き合ってられない! 私が道を歩き始めると、丸井くんは鼻を鳴らしながら追ってきた。
 えーっ、家までついてくる気!?
「昨日あったイリスのボーソー、あれは『インボー』なんだ!」
 うつむいて『あなたの話は聞きません』って態度をしているのに、丸井くんはおかまいなしに続ける。
「そう、ほまれ町のどこかに潜んでいる犯人が、こっそりイリスをボーソーさせた! インボーだ!」
 私は、うつむいていた顔を上げた。
「ロボットがバグったんじゃなくて、あれが事件っていうなら、なんで犯人はイリスを暴走させなきゃいけないの?」
「そこなんだよ!」
 丸井くんが、ビシリと私を指さしてきた。
「犯人の目的は、人を傷つけることだ!」
「なんでそんなことを?」
「犯人っていうのは、人を傷つけるのが大好きなんだよ。リョーキ的でゴクアクヒドーだ!」
「だったらどうして、イリスはヘブンズモールから外へ出て行かなかったの 人をたくさん傷つけたかったら、町中を暴れまわるほうがいいんじゃ……」
 丸井くんは腕を組んで何度もうなずいた。
「うんうん、石英が乗り気になってくれて嬉しいよ」
「あ……」
 話に付き合っちゃった。私はもう一度うつむいて、家に向かう。
「オマエ、なかなかスジがいいな! どうだ? オレの相棒にならないか!? オレとオマエで、イリスをボーソーさせた犯人を捕まえよう!」
「すみません、むりです」
「な、なんだってぇー!?」
 丸井くんは目を丸く見開いて、ショックを受けたようだ。
「私、相棒でも助手でもないし……」
「犯人を見つけるためには、まずイリスのことを知ったほうがいいと思うんだ!」
「だから、協力しませんって」
「イリスはほまれロボット研究所で作られて、大量生産するために、ヘブンズモールを経営しているヘブンズ社が買い取ったんだ!」
「聞いてないし……っていうか、よく知ってるね」
「名探偵を目指してるからな! 調べるのは当然だ。イリスのAI、つまり脳や考え方にあたる部分を作ったのは、ほまれロボット研究所の伊丹潤(いたみじゅん)博士」
 ん? 伊丹?
 スイと同じ名字だ。偶然かな……。
「その……伊丹博士ってどんな人?」
「すごい人だ!」
「それはそうだろうけど……あれ?」
 いつの間にか家の手前にたどり着いていた。だけどドアの前にはお客さんがいる。
 お姉さんとおばさんの間くらいの見た目をした、きれいな女の人だった。その人が、スイのことをぎゅっと抱きしめている。
「何あれ……」
 私の横に立っていた丸井くんが、ぽつりとこう言った。
「……伊丹博士だ」
「え?」
「あ……なんかオレ、学校戻んなきゃ。じゃ、じゃあな」
 スイと女の人──伊丹博士の様子を見た丸井くんは、早口に言ってダッと走り去ってしまった。
 た、探偵はどうしたの!? 一人にしないでーっ!
「ええと、ど、どうしよう」
 スイ、無事だったの? いつ修理されて戻ってきたの? どうしてスイが女の人に抱きしめられているの?
 昨日はあんなに心配したのに!
 でも、スイはロボットだ。心配とか、誰かに抱きしめられたりとかしても、何にも感じない。だから私がどうこうする問題じゃないのに……!
 家に入れるフンイキじゃないし、とりあえずここを離れなきゃ。そう思って足を動かす前に……スイと目が合った。
「真由子さん」
 声を聞いた瞬間、女の人がバッとスイからはなれた。振り返って私を見ると、靴をかつかつ鳴らしながら、こちらに近づいてくる。
「あなたが石英真由子さん?」
「え? あ、はい」
「ヘブンズモールへ行って、スイを壊したそうね。この子を乱暴に扱うのはやめてちょうだい!」
 全身がびりびりするような声に、思わず頭を引っ込めて、目を固く閉じた。
 ど、どうして私に怒鳴ってくるの……?
「ご、ごめんなさい」
「今度スイを同じような目にあわせたら、あなたのこと許さないわ!」
「やめてください、母さんっ!」
 伊丹博士の言葉に被せるように、スイが叫んだ。
 母さん……?
 恐る恐る目を開けると、スイが伊丹博士の服の裾をつかんで、顔を見上げていた。
「お願いです、真由子さんに怒鳴らないでください」
 笑いながら言うスイの震えた声に、伊丹博士は鬼みたいな表情から一変、ものすごく優しいほほえみになり、スイの頭をなでた。
「わかったわ。あなたがそう言うなら……でも次に具合が悪くなった時は、お母さんが引き取りますから」
「新太さんがそうおっしゃるなら、」
「石英さんの意見は関係ありません!」
「僕、も、もう家のことがあるので……」
「そう……石英さんはやっぱり、あなたに家政夫みたいなことをやらせているのね。いいわ……ひとまずお母さんは、帰るからね」
 伊丹博士は私をにらんだ。
「そういうわけで石英真由子さん、くれぐれも、スイのことは気をつけてくださいね」
 博士は嵐のように去っていった。私もスイも、玄関先で立ちすくんだまま、しばらく動けない。
「ごめんなさい」
 消えそうな声に顔を上げると、スイはほんの少しだけ引きつった笑みを浮かべている。さっき伊丹博士に抱きしめられた時と同じ、無理しているような笑顔。
 私はカバンの持ち手を握りしめた。
 なんで笑うの? 今の私はぜんぜん、笑えるような気分じゃないよ。
「なんでスイが謝るの」
「僕のせいで、真由子さんが──」
「スイのせい? なんでスイのせいなの? 怒鳴ったのは、あの人がそうしたんでしょ! 変なこと言わないでよっ!」
 ちがう。スイのせいじゃないって、そう言いたかっただけ。
 もっと優しく言葉をかけることもできたのに、どうしてこんなに心がドロリとするんだろう。その場から逃げ出すこともできずにいると、家の前に車が一台やってきた。運転席の窓が開いてお父さんが顔を見せる。
「スイ、まだ家に入ってなかったのかい? あれっ、真由子は今日、早帰りだっけ?」
 お父さんのあまりにもほんわかした声で、やっと足が動いた。家の中に飛び込む。
「真由子!? どうしたの!」
 階段を駆け上がった。自分の部屋に入って、閉じこもって、カギをかける。カバンを床に叩きつけようとして、スイの作ってくれたお弁当が中に入っていることを、とっさに思い出した。優しく置いて、その場にしゃがみこむ。
「う……うっ……」
 学校ではヒーロー扱いされて、家では悪者扱いされて。私はただの私なのに……!
 いきなり顔を殴られたような出来事に、涙が止まらなかった。