倒れたスイがロボットだと知って、私は気が動転していた。だけど、ロボットといったらお父さんが思い浮かんで、いそいで電話をした。
 お父さんは仕事を放って、車でかけつけてくれた。
「真由子、大丈夫かい!? ああ、なんてことだ……! 病院は? 今から? ひざをすりむいた? 救急隊員は何をやっているんだ!」
「お、お父さん、落ち着いて。私は大丈夫だから!」
 スイはひとまず、ほまれロボット研究所に連れていかれることになった。お父さんの職場だ。
 私は病院に行ったけど、ひざの傷口を消毒しだだけで、家に帰ることができた。
 ──それから数時間後。
 私はひとりソファに座って、テレビを見ていた。画面の中にいるアナウンサーが、真剣な眼差しで事件を読み上げている。
『ほまれヘブンズモールの警備ドローンが暴走し、施設を破壊した事件の続報です。午後七時ちょうど、暴れていた警備ドローンは、一斉に停止しました』
 画面が切り替わると、施設が壊されたヘブンズモールの中で、イリスがどんどん墜落してドカッと地面に落ちる動画が見えた。
「うっそ……」
『イリスは、AIに問題が起きた時に作動する『自己破壊プログラム』で停止しました。ですが、イリスがなぜいきなり暴れたのか、原因はまだわかっていません』
 墜落したイリスが、倒れたスイの姿にちょっと重なる。
『警察の発表によると、転倒などのけが人は十数名いるものの、さいわい死者はゼロ人でした。原因については、ほまれロボット研究所が現在も調査中とのことで……』
 別のチャンネルでは、ロボットの専門家らしい人がニュースキャスターと対談していた。
『──博士、イリスはいったいどうなってしまったんでしょうか?』
『うむ。ロボットは本来、人間や施設を攻撃することは、普通ならできないようになっとるんです』
『では、イリスは、人を攻撃するようなウイルスを誰かに仕込まれたのでしょうか?』
『ありうる話ですな』
 イリスをあんなにしたのは、人間のしわざってこと? いったい誰が、なんのために、ロボットを暴れさせるようなことをしたんだろう?
『しかしあんなに暴れてしまっては、とてもでないですが警備ドローンには怖くて近づけないですね……』
『怖い思いをした人は、たくさんいるでしょうな。これがもし、ほまれ研究所には原因の追求をしてほしいですな』
『みなさん、ロボットのセキュリティを守るのは、持ち主の責任です。データは十分にバックアップを取って、パスワードは人に読まれないように注意してください──』
「持ち主……」
 スイがロボットなら、きっと持ち主がいるんだ。
 なんだか急にスイのことが生々しく感じられて、思わずテレビの電源を切った。リモコンをテーブルに置いて、天井の明かりをぼんやりと見る。
「……ああもう!」
 テレビがずっと、ヘブンズモールのニュースばかり流すのがいけないんだ!
 ポケットからスマートフォンを取り出して、動画配信アプリを開いた。好きなアニメの最新話に、面白い昔のドラマ。見たいものはたくさんある。今日はどれにしようかな。
 配信アプリだったら、暗いニュースなんてやってない。見たくないものは見なくていいし、タイクツな場面は十秒送りにできる。
「これにしよっと」
 推しアニメのかっこいいオープニング曲が流れ始めた。
 今までスイと話が噛み合わない理由が、よくわかった。スイがロボットだったからだ。
 ロボットだから学校になんて行く必要もないし、家事や洗濯、掃除を一日中しても、疲れを知らない。敬語を使ったり、私に『さん』付けしたりするのも、そう設定されているからだ。
 だとしても、スイが私のせいで頭を打った事実は変わらない。スイが二度と目覚めなかったらどうしよう。戻ってきたスイに、なんて謝ればいいんだろう。
「はぁ……」
 現実のイヤなことや、イヤな気持ちも、動画みたいにぜんぶ十秒送りにできたらな……。
 見ていたアニメなんか、頭にぜんぜん入ってこなかった。やめた。アプリを閉じて画面を暗くする。
 それと同時に、スマホがブルブルと震えた。
「ひゃっ!」
 いきなりのことに、スマートフォンを思わずソファに落とした。画面をよく見ると、くれはちゃんからの電話だった。メッセージのやり取りは何回かしたけど、電話なんて初めてだ。
「も、もしもし?」
『真由子! 大丈夫? 今日ヘブンズモールに行ったよね!?』
 電話越しのあわてた声に、私はびっくりした。いつもクールなくれはちゃんらしくない。
『ごめんっ、わたしがヘブンズモールに行ってみれば、なんて言ったから!』
「ぜんぜん大丈夫だよ、気にしないで! 大きな怪我はなかったから」
 ヘブンズモールであったことを、私はなんとか順番に説明した。
『いろいろ大変だったんだね』
「でも、どうして私が今日ヘブンズモールに行ったことがわかったの?」
『それなんだけど、真由子のことがSNSで話題になってる』
 ……え、なんて? SNS?
『今リンク送るね』
 スマートフォンを耳からいったんはなして、くれはちゃんが送ってくれたリンクを開いた。リンク先は、SNSの写真付き投稿だった。写真には、ツナギを着た清掃員さんにしゃがみこむ私の横顔が、バッチリ映っている。
 投稿主のつぶやきは、こう書かれていた。
『すごい! あんなに怖いところで真っ先に大人を助けようとしている学生さんがいる!』
 あんなに地獄みたいな場所で、スマートフォンを持ってこれを撮影した誰かがいたってこと?
 しかも『いいね』の数は……15,046!?
『真由子は見てないと思うけど、クラスのグループメッセでも、すっごく話題になってるよ』
 私は思わず、スマートフォンをぽとりとベッドの上に落とした。
「ウソでしょ……?」