◇
最寄りのバス停からバスに乗った。バスも自動運転で、運転手も、ハンドルも見当たらない。
「これ、もし壊れたりしたら、誰が代わりに運転するの?」
「心配ありません。自動運転による事故は過去二十年のうち、一件だけです」
「え、その一件きになる」
スイとそんな会話をしながら、バスに揺られること十分後。
やってきました、人生初ショッピングモール!
ヘブンズモールは、アクションショーのステージがあったり、その横にメリーゴーランドがあったり、クレープ屋さんがあったり、まるで遊園地のようだった。そんな敷地をぐるっと囲むようにビルが建っていて、ファッショブランドや雑貨屋さんが、たくさん並んでいる。
これだけで都会のすごさを実感したけれど、なんといっても一番目立つのは、さっきからモール内をブンブン飛び回っている真っ白な機械の存在だった。
ドットの顔がある本体に、扇風機みたいなプロペラが四つついている。
「あのブンブン飛び回ってるのは何?」
「あれは警備ドローンのイリスですね。新太さんの職場である『ほまれロボット研究所』で開発されました」
私の横を歩きながら、スイが答えた。顔をじっとのぞいてみるけど、やっぱりスイは笑う以外の表情を見せない。
「興味がおありなら、話しかけてみてはどうですか?」
「え? あれ、しゃべるの?」
「しゃべります。AIが入っていますから」
「えーあい?」
「人工知能といって、人間のようにものを考え、学習するシステムのことです。イリスは、小さい子に怖がられないよう、陽気な性格にしてあるのだそうですよ」
申し訳ないけど、とてもアレに話しかける勇気はない。
『六号、異常ナシ!』
『迷子の捜索依頼が、入りまシタ!』
だけどスイの言うとおり、イリスと呼ばれたドローンたちは、時々甲高い声をあげた。
『ふんふ〜ん、ふふふんふ〜ん』
なかには鼻歌まで歌って、小さな子たちに注目されているヘンなイリスまでいた。どうやら、しゃべるっていうのは本当らしい。
「こ、これが、ほまれ町のロボット……!」
とにかく、せっかくここまで来たんだし、施設内のお店をぐるりと回ることにした。まずはファッションのお店。
「この服、似合う?」
「はい、もちろんです」
「こ、これはどう……?」
「真由子さんが選んだものなら、どれもお似合いですよ」
「す、スイのエプロンも、くたびれていたから買っちゃおう? どれがいい?」
「真由子さんが選んだものなら、どれでも嬉しいですよ」
相手の反応が、手ごたえゼロです! くれはちゃん、ヘルプミー!
とりあえず、私の服はやめよう。スイのエプロンだけ、レジへ持って行った。
「あ、タピオカ!!」
お店から外へ出ると、お目当てのタピオカミルクティーが売っているお店を見つけた。スイの手を取って引っ張る。
「ねえ、これ一緒に飲もう!」
「それは不可能です」
冷たい返事に、私はついスイの手をはなした。
もしかして、いやがってる?
だけどスイは、いきなりのことにびっくりしたとか、ちょっと顔が赤くなるとか、急に引っ張られて怒ったとか、そういう表情は一切しない。
「タピオカ、いらないの?」
「僕は、タピオカミルクティーを、飲めません」
ニコニコ笑ったまま、スイは英語の教科書の朗読みたいに、言った。
「……そう」
もしかして、スイは無理して笑っているのかな。私と一緒にいても、楽しくないのかな。
くれはちゃん、本当に助けて。スイの喜怒哀楽が、ぜんぜんわからないよ……。
私はタピオカを一人で買って、テラス席に座って飲んだ。タピオカミルクティーは想像していたとおり甘かったけれど、一人で飲むより二人で飲んだほうが、もっと美味しかっただろうな。
スイはただ私のことを見ているだけで、タピオカを欲しがるようなそぶりもない。せっかくだし、一緒に飲んでくれたって、よかったじゃない。
どうしてだろう、二人で一緒に来たのに、すごくさびしいな……。
──ハッ! だめだめ!
スイにはわざわざ付いて来てもらっていたのに、これじゃあ、ただのワガママだ。今までだって、一人でも寂しくなかったんだから!
氷が溶け始めて薄くなった中身を、ずるずると飲み干した。なかなか取れないタピオカも、なんとかぜんぶ吸い上げる。
「カップ、捨ててくるね」
テラス席の奥にあるゴミ箱へ小走りに向かう。やっぱり、スイは本当は、私とヘブンズモールなんて行きたくなかったんじゃ……。そう思いながら、彼のいるテラスへ戻ろうとした時だった。
『ぴゃーーーーっ!』
な、なに!?
飛び回っていたイリスが一斉に、甲高い叫びをあげた。
「いっ……!」
思わず耳をふさいで、強く目を閉じた。まるで悪夢みたいな音は数秒で止み、恐る恐る目を開くと──。
バチバチッ、ドオン!
イリスたちが、電撃で施設を攻撃し始めた!
「きゃあっ!」
青い光と、轟音。あわてて頭を押さえると、何かの破片がパラパラと腕に落ちてきた。
に、逃げなきゃ!
でも、考えることはみんな同じだった。施設の出口へ、人々が一斉に逃げようとした。
「こわいよぉ!」
「ママ、どこーっ!?」
避難する人の中には、小さな子供や、私と同い年ぐらいの中学生や高校生がいて、ひざをすりむいたり、ご両親とはぐれたりしている。
「スイッ!? どこ!?」
私も私で、スイとはぐれてしまった。声を上げて探すけど、あまりにも多くの人の波のせいで、ぜんぜん見つけられない。
動画配信アプリでいつも見ているような、パニック映画の光景を思い浮かべた。でもこれは、映画なんかじゃない、現実に起こっているんだ……!
怖さで、膝がガクガクと震えだした。
広いショッピングモールから、駐車場のある出口へ。全力で逃げていく大人や子どもにぶつからないよう、みんなが逃げていく方向へ私も流されていった。
アクションショーの観覧イスがこっぱみじんになって、足元に転がっている。逃げまどう人たちの悲鳴がたくさん聞こえた。
「なんでイリスがっ!」
「ロボットだぞッ! こんなのありえない!」
「助けてぇ!」
ドタッ! 清掃員の服装をしたおじさんが、誰かに体当たりされたのか足がもつれて、倒れた。周りの人たちは逃げるのに必死で、おじさんが倒れていることに気づいていない!
「おじさんッ!」
人の波をすりぬけて、思わず私はおじさんに駆け寄っていた。
「だ、大丈夫!?」
おじさんは手のひらをすりむいて、ぜえぜえと荒い息をしている。
助けなきゃ。無我夢中でおじさんを引っ張り上げた。
「す、すまん。いや、ありがとう。きみは早く逃げなさい!」
おじさんが、よろよろとしながらも逃げていく。よかった、と思ったのもつかの間。
『『『ワーーーっ!』』』
バリッ、ドガアァン!
叫んだイリスたちが、電撃でいろんなところを一気に攻撃し始めた。
「きゃあっ!」
私はその場にへたり込んだ。こ、腰から力が抜けて、立てない。静電気だってあんなに痛いのに、なのに、あんなのを食らったら……!
『オマエ!』
「ひっ」
イリスの一台がこちらにブンと近寄ってきた。
『早く逃げてくだサイっ!』
「え……?」
『逃げテ! 逃げテ、テ、テ、テ……』
『ニンゲンを、お助けするのデスssss──ぶぶ、ががごご! おいオマエ! 早く逃げテっ! ワレワレはっ、ニンゲンを、傷つけたくありまセン!』
『が、ガマンでき……ぶぶぶ、誰かが、われわれの頭の中をグチャグチャに、た、助けてェ、ぴゃあっ』
『逃げロ! 早く逃げないト……』
イリスが青白い電撃を溜め始めた。
ドオンッ!
目をつぶったすぐ先で、耳が壊れるんじゃないかってくらいの爆発音がした。
「きゃああッ!」
体が吹き飛ばされた。地面にぶつかる……!
……あれ……。
吹き飛ばされたはずのに、体のどこにも、痛みが来ない。恐る恐る目を開けた。
私の体は地面に倒れたまま、誰かにぎゅっと抱きしめられていた。起き上がると、私のすぐ横で誰かが倒れている。
「……え……?」
黒髪に、すらっとした鼻先。腰に巻いた黒いエプロン。
「す、スイ!」
もしかして、私が吹き飛ばされたときに、スイがかばってくれたの!?
肩を揺さぶっても、スイはぜんぜん目を覚ます気配がなかった。頭を強く打っちゃったのかもしれない。
まただ。お母さんの時と同じ。他人に迷惑かけないって決めたのに、私のせいで、今度はスイがケガをした。
私が、ヘブンズモールに行こうだなんて、言わなければ……!
「スイ! 起きて、起きてよっ!」
『『『ワーーーっ!』』』
イリスがまた私たちの周りで、次の電撃を打とうとしている。
「やめて!」
倒れているスイの体におおいかぶさった瞬間──。
肩をぐっと引きよせられたと思うと、スイが上半身をガバッと起き上がらせた。
「スイっ!」
「すみません、不覚にも数十秒落ちていました」
スイの右手が、紙袋に伸びた。さっき買ったエプロンを手に持ったかと思うと、一番近いイリスに、バサッと投げつけた。
『わわわわ』
エプロンがプロペラの一つに引っかかって、糸の切れたタコみたいにバランス感覚を失ったイリスが、地面へ落ちそうになる。
『十九号!』
『十九号が、墜落スル!』
『わわわわ』
『わわわわわわ』
周りのドローンがあわてふためいた。私はスイに肩をぎゅっと抱かれて、体を引き寄せられる。
「行きましょう」
私たちは、全速力でヘブンズモールの出口まで走った。駐車場にたどり着くと、息が上がってしまってその場にへたり込んだ。
怖かった……! 声が出せないくらいの恐怖に、足が今も震えている。
スイが地面にひざをついて、目線を合わせてきた。
「真由子さん、痛いところはありませんか?」
「う、うん。ちょっとひざをすりむいただけ」
答えると、スイのほほえみが顔からはがれ落ちた。
「重傷ですよ、それは! 今すぐ救急車を呼びましょう!」
「お、おおげさだよ!」
私の言葉は完全無視されて、スイに腕をつかまれて立ち上がらされた。
「イリスがおかしくなるなんて……今までは、トラブルがあったとしても、小さな事件ばかりでしたのに。真由子さんに危害がおよぶとは」
「この町のロボットって、こんなにしょっちゅうバグるの?」
「いいえ、断じてそんなことは」
スイのくちびるが、ぎゅっとゆがんだ。
「ロボットには、ロボットのルールがあるんです。ロボットは人を傷つけたり、危険を無視したりしてはいけない。攻撃するなどもってのほかです。普通なら、人を攻撃しようとしたら停止するか、『自己破壊プログラム』が作動するずなのですが……いえ、とにかく真由子さんは病院へ」
「スイも頭を強く打ったよね! そっちのほうが心配だよ。病院に行こう?」
「僕なんかのことより、真由子さんのほうが大事です。僕は心配されるような立場ではありませんから」
大丈夫かどうかを聞いたのに、スイは笑いながら的外れなことを言った。 そのまま歩き出そうとしてしまう。
「なんでそんな悲しいこと言うの? 心配くらいさせてよ!」
振り返ったスイは、ここに来て初めて、びっくりしたような表情を見せた。
「僕を心配してくれるんですか?」
「あたりまえだよ!」
「あたりまえ……」
すると、笑顔だったスイのまぶたがピクッと動いた気がした。どうしたんだろう?
「真由子さんは、優しいんですね」
しばらくじっと顔を見ていたら、スイがまた笑顔に戻った。
……今のは、気のせい?
「こっちです、イリスの暴走を知って、もう救急車が来ているはずですから」
スイが私の手を引いて歩き出そうとする。
「あ、あのさ。やっぱりスイもいっしょに……!」
「いいえ、僕は救急車には乗れませんから、ら、ら、ら、ら、ら──」
「……スイ?」
スイはいきなり、言葉の最後の「ら」を繰り返し始めた。
「ど、どうしちゃったの!?」
おかしくなったスイの肩を、つかんだ。すると、スイの体がぐらりとかたむいて、どさっと倒れた。
「きゃ……!」
倒れたスイは、「ら」のくり返しすらもしなくなり、指一本も動かなくなった。
「スイ! スイってば!」
頭がやっと目の前の光景に追いついて、スイにかけ寄った。肩を持ってゆすっても、ピクリともしない。
「いやっ、死んじゃやだぁっ!」
そうだ、救急の人に助けを……!
救急車の後部座席で、何かのカルテを書いている救急隊員を捕まえた。服の裾をぎゅっとつかみ、引っ張る。
「スイが、お、男の子が、倒れちゃったんです! さっき、頭を強く地面に打っちゃって!」
「なんだって?」
隊員さんは倒れたスイに駆け寄り、口元に手を当てて呼吸を確認しはじめた。
「ん?」
すると、なぜか隊員さんは首をかしげて、目を覗き込んだり、手首に触って脈を測ったりし始めた。そして大きくほっと息をついて、私を見る。
「お嬢さん、驚かせないでくれよ」
「お、驚くって、人が倒れてるんですよっ! なんとかしてください!」
「僕にこれはなんとかできないですよ」
「なんでっ!」
「だってこの子、ロボットだもん」
「……え?」
混乱している頭の中で、社会の授業で聞いた先生の声が、再生される。
研究段階でまだ売られていない、ほまれ町に十台あるかどうかの、人間とそっくりなロボット……。
「ええええええ!」
──スイって、やっぱりロボットなの!?
最寄りのバス停からバスに乗った。バスも自動運転で、運転手も、ハンドルも見当たらない。
「これ、もし壊れたりしたら、誰が代わりに運転するの?」
「心配ありません。自動運転による事故は過去二十年のうち、一件だけです」
「え、その一件きになる」
スイとそんな会話をしながら、バスに揺られること十分後。
やってきました、人生初ショッピングモール!
ヘブンズモールは、アクションショーのステージがあったり、その横にメリーゴーランドがあったり、クレープ屋さんがあったり、まるで遊園地のようだった。そんな敷地をぐるっと囲むようにビルが建っていて、ファッショブランドや雑貨屋さんが、たくさん並んでいる。
これだけで都会のすごさを実感したけれど、なんといっても一番目立つのは、さっきからモール内をブンブン飛び回っている真っ白な機械の存在だった。
ドットの顔がある本体に、扇風機みたいなプロペラが四つついている。
「あのブンブン飛び回ってるのは何?」
「あれは警備ドローンのイリスですね。新太さんの職場である『ほまれロボット研究所』で開発されました」
私の横を歩きながら、スイが答えた。顔をじっとのぞいてみるけど、やっぱりスイは笑う以外の表情を見せない。
「興味がおありなら、話しかけてみてはどうですか?」
「え? あれ、しゃべるの?」
「しゃべります。AIが入っていますから」
「えーあい?」
「人工知能といって、人間のようにものを考え、学習するシステムのことです。イリスは、小さい子に怖がられないよう、陽気な性格にしてあるのだそうですよ」
申し訳ないけど、とてもアレに話しかける勇気はない。
『六号、異常ナシ!』
『迷子の捜索依頼が、入りまシタ!』
だけどスイの言うとおり、イリスと呼ばれたドローンたちは、時々甲高い声をあげた。
『ふんふ〜ん、ふふふんふ〜ん』
なかには鼻歌まで歌って、小さな子たちに注目されているヘンなイリスまでいた。どうやら、しゃべるっていうのは本当らしい。
「こ、これが、ほまれ町のロボット……!」
とにかく、せっかくここまで来たんだし、施設内のお店をぐるりと回ることにした。まずはファッションのお店。
「この服、似合う?」
「はい、もちろんです」
「こ、これはどう……?」
「真由子さんが選んだものなら、どれもお似合いですよ」
「す、スイのエプロンも、くたびれていたから買っちゃおう? どれがいい?」
「真由子さんが選んだものなら、どれでも嬉しいですよ」
相手の反応が、手ごたえゼロです! くれはちゃん、ヘルプミー!
とりあえず、私の服はやめよう。スイのエプロンだけ、レジへ持って行った。
「あ、タピオカ!!」
お店から外へ出ると、お目当てのタピオカミルクティーが売っているお店を見つけた。スイの手を取って引っ張る。
「ねえ、これ一緒に飲もう!」
「それは不可能です」
冷たい返事に、私はついスイの手をはなした。
もしかして、いやがってる?
だけどスイは、いきなりのことにびっくりしたとか、ちょっと顔が赤くなるとか、急に引っ張られて怒ったとか、そういう表情は一切しない。
「タピオカ、いらないの?」
「僕は、タピオカミルクティーを、飲めません」
ニコニコ笑ったまま、スイは英語の教科書の朗読みたいに、言った。
「……そう」
もしかして、スイは無理して笑っているのかな。私と一緒にいても、楽しくないのかな。
くれはちゃん、本当に助けて。スイの喜怒哀楽が、ぜんぜんわからないよ……。
私はタピオカを一人で買って、テラス席に座って飲んだ。タピオカミルクティーは想像していたとおり甘かったけれど、一人で飲むより二人で飲んだほうが、もっと美味しかっただろうな。
スイはただ私のことを見ているだけで、タピオカを欲しがるようなそぶりもない。せっかくだし、一緒に飲んでくれたって、よかったじゃない。
どうしてだろう、二人で一緒に来たのに、すごくさびしいな……。
──ハッ! だめだめ!
スイにはわざわざ付いて来てもらっていたのに、これじゃあ、ただのワガママだ。今までだって、一人でも寂しくなかったんだから!
氷が溶け始めて薄くなった中身を、ずるずると飲み干した。なかなか取れないタピオカも、なんとかぜんぶ吸い上げる。
「カップ、捨ててくるね」
テラス席の奥にあるゴミ箱へ小走りに向かう。やっぱり、スイは本当は、私とヘブンズモールなんて行きたくなかったんじゃ……。そう思いながら、彼のいるテラスへ戻ろうとした時だった。
『ぴゃーーーーっ!』
な、なに!?
飛び回っていたイリスが一斉に、甲高い叫びをあげた。
「いっ……!」
思わず耳をふさいで、強く目を閉じた。まるで悪夢みたいな音は数秒で止み、恐る恐る目を開くと──。
バチバチッ、ドオン!
イリスたちが、電撃で施設を攻撃し始めた!
「きゃあっ!」
青い光と、轟音。あわてて頭を押さえると、何かの破片がパラパラと腕に落ちてきた。
に、逃げなきゃ!
でも、考えることはみんな同じだった。施設の出口へ、人々が一斉に逃げようとした。
「こわいよぉ!」
「ママ、どこーっ!?」
避難する人の中には、小さな子供や、私と同い年ぐらいの中学生や高校生がいて、ひざをすりむいたり、ご両親とはぐれたりしている。
「スイッ!? どこ!?」
私も私で、スイとはぐれてしまった。声を上げて探すけど、あまりにも多くの人の波のせいで、ぜんぜん見つけられない。
動画配信アプリでいつも見ているような、パニック映画の光景を思い浮かべた。でもこれは、映画なんかじゃない、現実に起こっているんだ……!
怖さで、膝がガクガクと震えだした。
広いショッピングモールから、駐車場のある出口へ。全力で逃げていく大人や子どもにぶつからないよう、みんなが逃げていく方向へ私も流されていった。
アクションショーの観覧イスがこっぱみじんになって、足元に転がっている。逃げまどう人たちの悲鳴がたくさん聞こえた。
「なんでイリスがっ!」
「ロボットだぞッ! こんなのありえない!」
「助けてぇ!」
ドタッ! 清掃員の服装をしたおじさんが、誰かに体当たりされたのか足がもつれて、倒れた。周りの人たちは逃げるのに必死で、おじさんが倒れていることに気づいていない!
「おじさんッ!」
人の波をすりぬけて、思わず私はおじさんに駆け寄っていた。
「だ、大丈夫!?」
おじさんは手のひらをすりむいて、ぜえぜえと荒い息をしている。
助けなきゃ。無我夢中でおじさんを引っ張り上げた。
「す、すまん。いや、ありがとう。きみは早く逃げなさい!」
おじさんが、よろよろとしながらも逃げていく。よかった、と思ったのもつかの間。
『『『ワーーーっ!』』』
バリッ、ドガアァン!
叫んだイリスたちが、電撃でいろんなところを一気に攻撃し始めた。
「きゃあっ!」
私はその場にへたり込んだ。こ、腰から力が抜けて、立てない。静電気だってあんなに痛いのに、なのに、あんなのを食らったら……!
『オマエ!』
「ひっ」
イリスの一台がこちらにブンと近寄ってきた。
『早く逃げてくだサイっ!』
「え……?」
『逃げテ! 逃げテ、テ、テ、テ……』
『ニンゲンを、お助けするのデスssss──ぶぶ、ががごご! おいオマエ! 早く逃げテっ! ワレワレはっ、ニンゲンを、傷つけたくありまセン!』
『が、ガマンでき……ぶぶぶ、誰かが、われわれの頭の中をグチャグチャに、た、助けてェ、ぴゃあっ』
『逃げロ! 早く逃げないト……』
イリスが青白い電撃を溜め始めた。
ドオンッ!
目をつぶったすぐ先で、耳が壊れるんじゃないかってくらいの爆発音がした。
「きゃああッ!」
体が吹き飛ばされた。地面にぶつかる……!
……あれ……。
吹き飛ばされたはずのに、体のどこにも、痛みが来ない。恐る恐る目を開けた。
私の体は地面に倒れたまま、誰かにぎゅっと抱きしめられていた。起き上がると、私のすぐ横で誰かが倒れている。
「……え……?」
黒髪に、すらっとした鼻先。腰に巻いた黒いエプロン。
「す、スイ!」
もしかして、私が吹き飛ばされたときに、スイがかばってくれたの!?
肩を揺さぶっても、スイはぜんぜん目を覚ます気配がなかった。頭を強く打っちゃったのかもしれない。
まただ。お母さんの時と同じ。他人に迷惑かけないって決めたのに、私のせいで、今度はスイがケガをした。
私が、ヘブンズモールに行こうだなんて、言わなければ……!
「スイ! 起きて、起きてよっ!」
『『『ワーーーっ!』』』
イリスがまた私たちの周りで、次の電撃を打とうとしている。
「やめて!」
倒れているスイの体におおいかぶさった瞬間──。
肩をぐっと引きよせられたと思うと、スイが上半身をガバッと起き上がらせた。
「スイっ!」
「すみません、不覚にも数十秒落ちていました」
スイの右手が、紙袋に伸びた。さっき買ったエプロンを手に持ったかと思うと、一番近いイリスに、バサッと投げつけた。
『わわわわ』
エプロンがプロペラの一つに引っかかって、糸の切れたタコみたいにバランス感覚を失ったイリスが、地面へ落ちそうになる。
『十九号!』
『十九号が、墜落スル!』
『わわわわ』
『わわわわわわ』
周りのドローンがあわてふためいた。私はスイに肩をぎゅっと抱かれて、体を引き寄せられる。
「行きましょう」
私たちは、全速力でヘブンズモールの出口まで走った。駐車場にたどり着くと、息が上がってしまってその場にへたり込んだ。
怖かった……! 声が出せないくらいの恐怖に、足が今も震えている。
スイが地面にひざをついて、目線を合わせてきた。
「真由子さん、痛いところはありませんか?」
「う、うん。ちょっとひざをすりむいただけ」
答えると、スイのほほえみが顔からはがれ落ちた。
「重傷ですよ、それは! 今すぐ救急車を呼びましょう!」
「お、おおげさだよ!」
私の言葉は完全無視されて、スイに腕をつかまれて立ち上がらされた。
「イリスがおかしくなるなんて……今までは、トラブルがあったとしても、小さな事件ばかりでしたのに。真由子さんに危害がおよぶとは」
「この町のロボットって、こんなにしょっちゅうバグるの?」
「いいえ、断じてそんなことは」
スイのくちびるが、ぎゅっとゆがんだ。
「ロボットには、ロボットのルールがあるんです。ロボットは人を傷つけたり、危険を無視したりしてはいけない。攻撃するなどもってのほかです。普通なら、人を攻撃しようとしたら停止するか、『自己破壊プログラム』が作動するずなのですが……いえ、とにかく真由子さんは病院へ」
「スイも頭を強く打ったよね! そっちのほうが心配だよ。病院に行こう?」
「僕なんかのことより、真由子さんのほうが大事です。僕は心配されるような立場ではありませんから」
大丈夫かどうかを聞いたのに、スイは笑いながら的外れなことを言った。 そのまま歩き出そうとしてしまう。
「なんでそんな悲しいこと言うの? 心配くらいさせてよ!」
振り返ったスイは、ここに来て初めて、びっくりしたような表情を見せた。
「僕を心配してくれるんですか?」
「あたりまえだよ!」
「あたりまえ……」
すると、笑顔だったスイのまぶたがピクッと動いた気がした。どうしたんだろう?
「真由子さんは、優しいんですね」
しばらくじっと顔を見ていたら、スイがまた笑顔に戻った。
……今のは、気のせい?
「こっちです、イリスの暴走を知って、もう救急車が来ているはずですから」
スイが私の手を引いて歩き出そうとする。
「あ、あのさ。やっぱりスイもいっしょに……!」
「いいえ、僕は救急車には乗れませんから、ら、ら、ら、ら、ら──」
「……スイ?」
スイはいきなり、言葉の最後の「ら」を繰り返し始めた。
「ど、どうしちゃったの!?」
おかしくなったスイの肩を、つかんだ。すると、スイの体がぐらりとかたむいて、どさっと倒れた。
「きゃ……!」
倒れたスイは、「ら」のくり返しすらもしなくなり、指一本も動かなくなった。
「スイ! スイってば!」
頭がやっと目の前の光景に追いついて、スイにかけ寄った。肩を持ってゆすっても、ピクリともしない。
「いやっ、死んじゃやだぁっ!」
そうだ、救急の人に助けを……!
救急車の後部座席で、何かのカルテを書いている救急隊員を捕まえた。服の裾をぎゅっとつかみ、引っ張る。
「スイが、お、男の子が、倒れちゃったんです! さっき、頭を強く地面に打っちゃって!」
「なんだって?」
隊員さんは倒れたスイに駆け寄り、口元に手を当てて呼吸を確認しはじめた。
「ん?」
すると、なぜか隊員さんは首をかしげて、目を覗き込んだり、手首に触って脈を測ったりし始めた。そして大きくほっと息をついて、私を見る。
「お嬢さん、驚かせないでくれよ」
「お、驚くって、人が倒れてるんですよっ! なんとかしてください!」
「僕にこれはなんとかできないですよ」
「なんでっ!」
「だってこの子、ロボットだもん」
「……え?」
混乱している頭の中で、社会の授業で聞いた先生の声が、再生される。
研究段階でまだ売られていない、ほまれ町に十台あるかどうかの、人間とそっくりなロボット……。
「ええええええ!」
──スイって、やっぱりロボットなの!?