ほまれ北中学校の入学も済ませ、授業が始まってから数日後。今は社会の授業の真っ最中だ。
「──よってほまれ町は、海外に負けない技術者とロボットを作ろう、という国の方針によって生まれました」
 教壇に立つ先生が、ほまれ町の歴史を話している。
「ほまれ町はロボットが町を歩いて人間のみなさんを支えています。犯罪の件数が少ないのも、ロボットが目を光らせているおかげです」
 ものすごくゆったりとした口調で、いつもなら寝てしまいそう。だけど私は誰よりも、先生の言葉を真剣に聞いていた。なぜなら……。
「はい、先生っ!」
 私が挙手すると、クラスのみんなが一斉に私を見た。いけない。目立ちすぎちゃった。
「はい、石英さん」
「え、ええと、人間とそっくりロボットって、町にいますか?」
 そう──私はスイのことを、ロボットだと疑っているのだ。人間と全然見分けがつかないから、まさかとは思うけど。
 先生は、にっこり笑った。
「人と見分けがつかないほどのロボットは、いるにはいます」
「やっぱり……」
「でも、そういうロボットは作るのに多くの時間と、お金、そして貴重な素材が必要です。動きや性格まで人間とそっくりなロボットは研究段階で、まだ売られていないんじゃないかな。町にも十台あるかどうかだと思います」
「あ、ありがとうございます」
 そうだよね。人間にそっくりなロボットなんて、まだいるわけないか。
 駅で見た鉄製のロボットは、言葉がたどたどしくて、姿なんて、人間と似ても似つかなかったし。スイみたいにニコニコしていなかった。
 たぶん、考えすぎだ。
 お昼休みになると、スイが作ってくれたお弁当を広げた。中には私の好物がたくさん入っていた。息がかかる距離までスイに近づかれた時は、記憶がほとんど飛んじゃったけど、好きな料理はちゃんと言えたみたい。
「真由子のお弁当、すごく美味しそう」
 私のとなりにいる女の子──幌月(ほろづき)くれはちゃんが、ボブカットを揺らしながら、私のお弁当をのぞき込んだ。
 くれはちゃんは生まれも育ちもほまれ町。とても都会っぽいクールビューティだ。塾でも成績はトップクラスらしくて、中身もかっこいい。
 こんなキラキラした人を友だちだと言えたら、どれだけ楽しいだろう。いっしょに買い物に行ったり、遊びに行ったり。ほまれ町で楽しい時間を過ごせたら──。
 でも、くれはちゃんと友だちになったりして、万が一にも自分のいやなところを見せたり、迷惑をかけるわけにはいかない。
「お母さんが作ったの?」
 とっさにウソをつこうかと思ったけど、お母さんがここにはいないっていうことは、すぐにバレそうだし、スイに申しわけない。
「えっと、これは……いっしょに住んでる人が」
「それって同居? 家族じゃなくて? 親戚?」
「あ、いや。お父さんの知り合いらしいんだけど。スイって言って、中学二年生の男の子。好きな料理を聞かれるし、お世話するって言うし、本当はお弁当を作ってもらわなくたってよかったんだけど、作ってもらっちゃったし」
 あっ、つい余計なことまで言っちゃった。男の子と一緒に住んでるだなんて、軽い気持ちで言ったらまずかったかな……。
 すると、なぜかくれはちゃんはニヤリと笑った。
「そのスイってひと、真由子がスキなんじゃないの」
 ポツリと出た言葉に、私は箸でつまんでいたタコさんウインナーをあやうく落としそうになった。
「ち、ちがうよ。スイはきっと……そう、ド近眼なんだよ!」
「ふうん」
 くれはちゃんは、タコさんウインナーを目で追いながら不満げな声をあげた。
「じゃあここ数日、スイさんとは何もなかったんだ?」
 何もなかったどころか、スイがあまりにも完璧すぎて、おばあちゃんの家にいるよりある意味快適な日々だった。
 ご飯は、お弁当込みで毎日三食を用意してくれる。しかもこれが和洋中、どれもものすごく美味しい。プロみたいだ。お風呂は『入りたいな』って思った時にはもう沸かし終えてあるし、掃除なんて、どの部屋もホコリ一つ見つからない。さすがに申し訳なくなった私が進んで家事をしようとすると、むしろ取り上げられてしまうくらいだ。
 一日中、休むひまもなく家の中を動き回っているスイは、まるで主夫みたいだった。
「もしかして登校拒否ってやつなのかな。顔色を見ても、ずっとニコニコしたままで、正直怖くて。せめて何に怒ったり泣いたりするか、わかるといいんだけど」
「ニコニコ、ねえ」
 くれはちゃんは少し間を置いたあと、続けた。
「『ほまれヘブンズモール』って知ってる? ここからバスで十分くらい先にある、ショッピングモールなんだけど」
「ショッピングモール!」
 名前は聞いたことがあるけど、一度も行ったことがないアコガレの場所だ!
 おばあちゃんの家は田舎で、ショッピングモールはおろか、図書館ですらわざわざ隣町まで行かなきゃいけなかった。ほまれ町の子たちはみんな、休日にショッピングモールへ行ったりするのかな。
「そのスイってひとを誘って、行ってみれば?」
「えっ、なんで!?」
「喜怒哀楽が見られるかもよ」
 私が、スイをショッピングモールに誘う!?
 おばあちゃんの家にいたころあこがれていたことが、頭の中に浮かんだ。
 キラキラしたお店。仲良くなった友だちとショッピング。映画を見たり、本屋に行ったり、ワクワクすることを私はめいいっぱい楽しんでいる。そしてなにより……タピオカミルクティー! 一度は誰かといっしょに飲んでみたいと思ってたんだ。
 そんなふうに、頭の中だけで願っていたことを、スイと──?
 ……きれいな色の卵焼きを、もったいないけどぱくりと口に入れた。うん、美味しい。
 ただでさえお弁当を作ってもらっているのに、『ワガママ迷惑、ダメ、ゼッタイ』だよね。でも、ショッピンングモールに誘うだけなら、大丈夫だよね? それだけなら……。
「あ、あの、ど、ど、どうやって誘えば、迷惑にならないと思う?」
「……ぷっ」
「なんで笑うのぉ!?」
 くれはちゃんはよゆーの表情だ。
「真由子が誘えば、きっと誰だって『はい』って言うよ?」
「そう……?」
 スイとショッピングモールで、お買い物。ちょっとだけ胸がワクワクする。

 ふわふわした足取りのまま家に帰ると、スイはキッチンに立って夜ご飯の準備中だった。まだ四時過ぎなのに、いったいどんな大作を手がけてるっていうの……。
「ただいまー」
「おかえりなさい、真由子さん」
 それにしても、エプロン姿のスイもさいっこうにカッコいいなあ。エプロンは首にヒモをかけるタイプじゃなくて、腰に巻くタイプのやつ。本物の料理人みたいで、これなら誰だってほれちゃうレベルだ。
 私の視線に気づいたスイが、笑顔のまま頭をかたむけた。
「何かお困りですか?」
「ううん。その黒エプロン、かっこいいなあって」
 スイは自分の腰に目線を落とした後、すぐにまた笑った。
「ああ、これですか。ギャルソンエプロンです」
「へえ、そういう名前なの。スイって物知りだね」
 よく考えたら、こんなイケメンをどこかに誘うって──むりむりむりっ!
「あ、あの」
「はい」
 静かなキッチンの中でひびく料理の下ごしらえの音が、私の勇気の邪魔をする。
 ええい、いつまでもモジモジしていたらスイに迷惑だ!
「もしよかったら、ほまれヘブンズモールに……一緒に行かない?」
 言ってしまってから、スイのきれいな目とバッチリ目が合った。あわてて視線をそらす。
 ああ、こんなにイケメンだったら、誰かと一緒にショッピングモールへ行く予定で、いっぱいなんだろうな。私なんか、きっと断られるんだ……。
「ヘブンズモールへは、今から行くのですか?」
「え? あ、うん」
「承知しました。鍋は夕食まで寝かせておくだけですし、それまで僕のタスクはありませんので」
 え……え? もしかしてこれって……。
「何より、ほかならぬ真由子さんの命令です。行きましょう」
 オーケーしてくれた! けど!
「め、命令って、そんなつもりじゃ……!」
 私はがっくしと肩を落とした。その間に、スイはエプロンを外して外へ行く準備をテキパキとこなした。
 まるで私とのお出かけも、仕事の一部だって言われてるみたい……。