今日は私が、スイの持ち主になる日だ。そのために、私たちはほまれロボット研究所に来ている。
 お父さんの職場に来たのは、実はこれが初めてだ。研究所はすごく個性的な形をした施設で、面積はたぶん大学一つ分くらいある。
 お父さんの研究室に入ると、父さんが私に気づいてにっこり笑った。
「真由子、スイ!」
 お父さんは腕を広げてこちらに近寄りたかったみたいだけど、ロボットの腕や足、基盤っていう鉄のボードが散乱しすぎていて、できなかった。
 お父さんってば、ほんとうにロボット以外にはまったく意識が回っていないようだ。
「ここ、仕事部屋だよね。掃除しないの? ホコリが体に悪そうだよ?」
「本当はロボットが定期的にやってくれるんだけど、断っているんだ。散らかってたほうがヒラメキが起きやすいからね」
 悲しいことに、私はお父さんからヒラメキだけを受け継いでしまったみたいだった。そのせいで私は散々な目にあったというのに……。
「……掃除しよっか」
「はい」
 スイが、足元に散らばっている謎の道具たちを拾い集め始めた。
「だからこのまま……って、あああ、動かさないでぇー!」
 三十分くらいかけて掃除をすませると、床を爪先立ちしないでも歩けるようになった。 私とスイは横並びになって、休憩用のソファに座ると、お父さんがタブレットを持ってやってきて、私たちの向かいに座った。
「じゃあ、スイの持ち主情報を変えるってことで……真由子」
「はい」
「スイを大事にしてあげてね」
 私は強くうなずいた。スイを見ると、ほんの少し唇を引き締めて笑っている。
 なんだかドキドキする……よしっ!
「じゃあお父さん、おねがいします!」
「終わったよ」
「はやっ!」
 あはは、とお父さんはタブレットを置いて笑う。
「手間と時間を省くのがテクノロジーの真骨頂だからね。防犯の関係で手続きは研究所でしかできないんだけど。……この後はどうする? せっかく来たんだから、研究所を見て回る?」
「もう、いいよ!」
 思わずソファから立ち上がって、研究室を飛び出した。
 オトシゴロの娘の気持ちなんて、これっぽっちもわかってないんだから!

 人のいない廊下は、壁の一方がガラス張りになっていて、そこから太陽の光が差し込んでいた。
「真由子さん」
 背中に声がかかったので振り返ると、スイがニコニコしながら近づいてきた。
「新太さんが、真由子さんの何を怒らせてしまったのかとオロオロしていましたよ」
 なんだか怒るというのも変だし、不満だけがもやもやと心に残っていた。
「だって、スイの持ち主になったんだよ? 覚悟する時間がほしかったっていうか、実感がほしいっていうか……もっと雰囲気があってもよかったんじゃないかって」
「では、こういうのはどうです?」
 言うとスイは、私の右手をそっと掴んだ。何をするかと思ったら、そのまま床に片ひざをつく。
 こ、これって──!?
「僕はあなたのことを、全身全霊、この命をかけてお守りいたします」
 そう言って、スイはクラッとくるようなほほえみを浮かべた。
「真由子さん?」
 いたずらっぽく呼びかけてくるスイの声が、くすぐったい。スイの手に柔らかく包み込まれている自分の手を、あわてて引っこ抜いた。
「あ、あのね。ずっと言おうと思ってたんだけど……」
「はい」
「私、スイのことが、す……好きって言ったよね? へ、返事が欲しいんだけど」
 い、い、言っちゃった! だ、だめだ……恥ずかしくて 本気で倒れそうだよ……。
 スイは片膝立ちの姿勢から立ち上がって、私の目の前に顔を近づける。
「真由子さん……」
 ど、ドキドキする。
 スイが人間だったら、息がかかっちゃう距離だよ。
 これって、も、もしかして──。
「もちろん。僕もロボットとして、持ち主の真由子さんのことが好きですよ。第一に、最優先に、ファスト・プライオリティに考えています」
「……へっ?」
 スイは私から顔をはなして、元の姿勢に戻ってしまった。
「そ、それだけ?」
「はい。『好き』に対するお返しは『好き』であると学習しています」
「あ、うん、それは嬉しいんだけど……そういう意味じゃないというか、なんというか……」
「ロボットが持ち主を『好き』なことは当然です。あなたのことを完璧にお世話して、そばで支えることが僕の一番の望み、つまり『好き』です!」
「あ、ありがとう……」
「他のロボットには、いいえ人間にも、この役目は絶対にゆずれません。ゆずりたくありません。真由子さんは、僕にとっての特別です」
 ううん、伝わっているような、伝わっていないような。
 もしかして、スイに『好きだ』って気持ちを正しく伝えるのって、前途多難!?
「ええっと……わ、わかった! 私もスイのことを支えるからねっ!」
 スイはにっこりと笑った。
「では真由子さん、持ち主として、初めてのご命令を──」
「命令って言葉、禁止っ!」
「承知しました」
 私はスイの上でを引っ張った。
「行こう!」
 私たちは、研究所を飛び出した。
 いつか……スイに私の思う『好き』が伝わるよう、もっと頑張らなきゃ。



 スイと、くれはちゃんと、丸井くん。四人で集まって、私の家の庭のガレージに、看板を立てかけることにした。
『ほまれ町・事件とお悩み相談室』
 ほまれ町で起こった事件や、それだけじゃなくて、困りごとや悩み事を、人間もロボットも関係なく、四人で解決していくための窓口だ。
「おお! めっちゃそれっぽい!」
 丸井くんが腰に手を当てて叫んだ。
「これで依頼がじゃんじゃんきて、すっごく頼れられて、悪者を捕まえて、町で表彰されて……デュフフフ」
 くれはちゃんが、私に肩を寄せて耳打ちをしてきた。
「真由子の恋のお悩みも、ここで解決できるかもね」
「ええと……なんのことかな?」
「真由子さんには、『いなくなったお母様を探す』という目標もありますからね」
 スイが横からニコニコと言った。私は慌ててくれはちゃんと距離をとった。
「う、うん! いつかね!」
「んなもん、いつかじゃなくて、四人で探せばきっと一日だぜ!」
 つらいときはつらいって言えて、助け合えて、楽しいことは分けあいたい人がいる。
 当たり前のようで、当たり前には手に入らなかった日常が、私の心の中でとてもキラキラと輝いていた。
 もしも自分が傷ついたり、困ったり、迷惑することを恐れていたら……そうして誰かとお話ししたりすることを避け続けていたら、得られなかった大切な宝物。
 今の私の姿だったら、お母さんは安心して戻ってきてくれるかな。
 私はスイと、くれはちゃんと、丸井くんを見た。
「ありがとう! みんな、これからもよろしくね!」

〈了〉