私たちは、道路脇の歩道で固まって、この後どうするのかを決めかねていた。
「こうなったら、野沢さん以外に二つの事件の共通点を見つけるしかない!」
 丸井くんはめげずにそう意気込んだけど、くれはちゃんはさっきよりも慎重だった。
「そもそも、イリスを暴走させた犯人と、クーちゃんを誘拐した犯人が同じ人だとは、限らないよね」
「これまでロボットが壊される事件なんか滅多になかったのに、立て続けに起きたことなんだから、同じ犯人に決まってる!」
「ひとまず、一度どこか腰を落ち着けて相談しませんか?」
 スイの言葉に、みんなは一斉に頷いた。歩き回っていて喉も渇いていたし、ちょうどおやつの時間で、小腹も空いていた。今いる場所から近いという理由で、一旦くれはちゃんの家に行くことになった。
 くれはちゃんの案内で道を歩き出したと同時に、スマートフォンがポケットの中でバイブした。取り出してみると、お父さんからメッセージが来ていた。
『調査は順調? 何かあった時のために、お父さんの職場までの道順を添付します。この前みたいに大人を呼ぶようなことがあったら、ここに来るようにしてください』
 その下には、『ほまれロボット研究所までの道順』というコメント一緒に、マップのリンクが貼ってあった。
「ほまれロボット、研究所……」
 あっ、と思ったときには、私の頭に、イナズマみたいなヒラメキが走った。
 ヒラメキは他の考えを全部頭の外に押しやって、ヘブンズモールで起きた事件についての考えが、恐ろしくめまぐっていた。
「スイ……少し前にヘブンズモールで、ロボットのトラブルは小さいものばかりだって、言ってたよね?」
 立ち止まったスイが、振り返った。それに合わせて、くれはちゃんと丸井くんも立ち止まる。
「はい。言いました。ロボットに関するトラブルは、ほまれ町ではめったに起きません。だから先ほど丸井さんも『立て続けに起きた事件なのだから、同じ犯人に決まってる』とおっしゃったのでしょう」
 めったに起きないはずのロボットの事件で、私が巻き込まれた大きな事件は、二つ。
 一つめは、ヘブンズモールでイリスが暴走した事件。
 二つめは、クーちゃん誘拐事件だ。
 そのどっちにも共通点があるのは、野沢さんだった。
 だけどこれは偶然で、野沢さんにはロボットをいじることができないとわかった。
 二つの事件で、野沢さん以外に共通することがあるとしたら?
 私は、スマートフォンの画面を見下ろした。『ほまれロボット研究所までの道順』。
 そうだ。ほまれロボット研究所だ。
「あのさ、丸井くん、イリスを作ってのは誰だって言ってたっけ」
「え? 伊丹潤博士だけど」
 野沢さんは、自分にはロボットの知識がないからイリスを暴走させるようにいじることはできないと言っていた。だけど、イリスを作った伊丹博士なら、それができる。
 クーちゃん誘拐事件は? ほまれロボット研究所の人ならクーちゃんを誘拐できた?
「くれはちゃん、この前、くれはちゃんのお家はほまれロボット研究所の人なら好きに入れるって言ってたよね」
「約束なしでやってきても、使用人がお茶を出すくらい仲がいいってやつ?」
「そう、それ」
 くれはちゃんの家には、ほまれロボット研究所の人なら、自由に出入りができる。
「クーちゃんって、誘拐されたとしたら、いつ? くれはちゃんがご両親とランチに出かけた時?」
「ううん、さすがに誰かがクーちゃんを抱えて外に出たら、すごく目立ってお手伝いさんが気づくはず」
 スイが手を挙げた。
「でも実際、クーちゃんは誰にも気づかず外に出られましたよね?」
「でも、誘拐事件の後、伊丹博士にクーちゃんを調べてもらった時は、家から出ないようにする設定は壊れてなかったんだよ」
「あ……」
 そうだ、クーちゃんを調べたのは──伊丹博士だ。
 伊丹博士はほまれロボット研究所の職員として、くれはちゃんの家に自由に出入りできる。わざわざ当日にAIをいじらなくても、あらかじめ別の日に家へ行って、クーちゃんの設定が別の日に壊れるようにすればいいんだ。そして事件の後に、こっそり設定を戻しちゃえばいい。
 二つの事件に共通しているのは、野沢さんだけじゃない。伊丹博士もだったんだ!
 だとしたら、なんで? なんでロボットを研究して作っているの伊丹博士が、ロボットを壊すようなことをするの?
 伊丹潤博士の息子・伊丹翠くんは、AIが自動運転する車の誤作動で九年前に亡くなっている。自分が研究しているはずのロボットのせいで、大事な家族をうしなったんだ。
 伊丹博士には、ほまれ町でロボットを壊したり暴走させたりする理由がある。
「犯人は、ロボットを憎んでいる……」
 じゃあ、犯人は──!
 手の指の先が震えた。伊丹博士がロボットを憎んでいるなら、次はスイを壊すかもしれない。息子になれなかった、スイを。
 恐る恐る、スイの顔を見た。
「スイ……」
「はい、真由子さん」
 彼は真剣な表情をしていて、笑ってばかりの頃とはまるで違う。見ればくれはちゃんや、丸井くんも、私のの顔を心配そうに見ている。
 こんなところで、伊丹博士が事件の犯人だなんて、言えない。みんなを巻き込んじゃう。
 警察に行かなきゃ。──一人で!
「あのね、私、急に用事を思い出しちゃったの。先にくれはちゃんの家に行ってくれない? それで、私が戻ってくるまで、外に出ないで待っていて欲しいの」
「用事ですか? 真由子さん……顔が真っ白ですよ。僕も付いていきます」
「こ、こないで!」
 私は走り出した。
「真由子さん!」
 スイの叫び声を受けながら、私は路地を走った。
 走りながら、スマートフォンを取り出す。指が思うように動かない。目がすべる。お父さんの番号にかけるまで、何度も端末を落としそうになった。やっとの思いで、コール。
 早く……早く出て。
 祈りながら路地を曲がると、一台の車がゆっくりと通り過ぎた。
「あっ」
 運転席にいる人影を見て、私は思わず声をあげた。
「い、伊丹博士……」
 今、頭の中に思い描いていた事件の犯人が、目の前にいる──。
 驚きに悲鳴も上げる間も無く、車の扉が開いて、私は思い切り体を車内へ引き込まれた。
「その反応……やっぱり私が犯人だと気づいたのね? あなた、石英さんに似て妙なところで賢いわ」
『──もしもし? 真由子』
 電話がお父さんにつながったと同時に、持っていたスマートフォンを奪われた。そのままスマホは道路に捨てられて、車のドアが自動で閉まる。
 同時に、スイがくれはちゃんや丸井くんと一緒に、路地を曲がってやってきた。車の中にいる私を見て、何かを叫ぶ口の形が、車のガラス越しに見える。
 同時に、車が急発進した。伊丹博士が乗っている車は自動運転ではなくて、ハンドル付きの普通の車だった。
「あなたが今日の昼頃、石英さんへ電話しているところをたまたま職場で聞いたの。それで、まさかと思って張り込んでいたら……というわけ。──シートベルトをしてね」
 私は恐ろしさから、声もあげられなかった。
 これって……誘拐、だよね……?
 シートベルトをしながらバックミラーをのぞくと、スイが全速力でこちらに走っているのが見えた。だけど車の速度のほうが圧倒的に速くて、スイの姿は少しずつ、少しずつ、遠ざかっていく。そしてついに、見えなくなった。
「ごめんなさいね。今だけは、誰にも警察に駆け込まれるわけにはいかないの」
「これ……どこに向かっているんですか?」
「幌月コーポレーションのビルよ」
 同時に、車の運転席に立てかけてあった伊丹博士のスマホが、鳴った。伊丹博士はハンドルから片手をはなして、通話ボタンを押す。
「もしもし」
『母さん……これはいったい、どういうことですか』
 スイの声だった。スイはスマホを持っていないから、たぶんくれはちゃんのスマホからかけてるんだ。
 押し殺したような声を聞いたとたん、私は泣き出してしまいそうだった。
 伊丹博士はハンドルをさばきながら、低く笑った。
「午後六時、幌月コーポレーションのビル屋上。スイ一人で来て。警察にも、大人たちにも、絶対に知らせないこと。もし知らせたら……」
『わかりました』
 スイは即答した。私はどうにか、声を絞り出そうとした。スイが来てしまったら、伊丹博士に壊されてしまう!
「き、来ちゃダメ……」
『真由子さん』
 こんなに緊張している場面で、スイの声は、溶けてしまうほど柔らかなものだった。
『必ず助けます。……たとえ何があっても──』
 スイの言葉が終わらないうちに、伊丹博士がスマホをタップして通話を切った。
「石英さん。もう少しだけ、付き合ってちょうだい」
 その声は、喜びと怒りを半分ずつにしたような声だった。
 いったい……伊丹博士は何をしようとしているの?