ゴールデンウィークが終わると、やってくるのは中間試験。私はひいひい言いながら試験を終えなんとか乗り越えた。
 そして試験最終日は、学校は午前で終わりだった。
 午後は私の家に、いつもならいないはずのメンバーが揃っていた。くれはちゃんと、丸井くんだ。
 スイの喜怒哀楽を取り戻す手助けをしてもらう交換条件に、イリスの暴走事件の調査をするため、今日は集まったのだった。
 青いエプロンをしたスイが、リビングに集まっている私たちに麦茶を置いて回る。丸井くんがお茶を一気飲みして、空になったグラスをコースターに叩きつけた。
「よし! じゃあ『ほまれ町探偵事務所』の新しいメンバーを紹介するぞ! まずは、ほまれ北中学校・一年三組、幌月くれは!」
 丸井くんは意気込んで、くれはちゃんを指さした。
「学校の秀才、今回の中間試験は学年一位! 大人を凍りつかせる塩対応とデータベースの量にかけて、右に出る者はいない!」
 私はくれはちゃんの耳元に口を近づけた。
「本当に、こんな怪しいメンバーの一員になっちゃってよかったの?」
「クーちゃんのことがあったから、協力しないわけにはいかない。それに、真由子も変なメンバーの一員でしょ。楽しそうじゃない」
 くれはちゃんはささやいた後、ボブカットを手で払って、凛とした声を上げる。
「でも『ほまれ町探偵事務所』というチーム名は、ちょっと平成っぽくて古臭いし、考え直したほうがいい。このチームって、イリスとクーちゃんの暴走事件について調査するのを交換条件に、真由子の悩みも解決していくんでしょ? 壊れたロボットの機能を取り戻すってやつ」
「たしかにな! じゃあ、とりあえず『ほまれ町・事件とお悩み対策室』という名前にしておこう! 対策室って響きがイイ! そしてオレは室長と呼ばれるんだ! デュフフ!」
 丸井くんが、また妄想の世界に足を突っ込もうとしている。チーム名もあんまり変わってないような気がするけど……。
 私はさっきから、視界のはしっこにいるスイがチラチラ目に入っていた。ソファの上座と下座をそれぞれ私たちが陣取っているから、スイは収納型スツールの上に座り、お茶を載せていたお盆を持ちながら、ニコニコしている。
「で、でもさ、なんで対策室にスイがいるの?」
「何を今さら!」
 丸井くんが立ち上がって、今度はスイを指さした。
「クーちゃんの位置情報がついたり消えたりする理由を的確に言い当てたのは、この伊丹スイだ。対策室のメンバーに引き入れない手はない! な?」
 丸井くんの言葉に、スイはよそ行きの笑顔で深くうなずいた。
「ええ。青少年の主体性ある課外活動は積極的に推進されるべきですが、やはり先日の『クーちゃん誘拐事件』のような危険へ対策をいち早く講じるには、初めからメンバーの一員として目を光らせておくのが効率的ですから」
「うん、言っていることがよくわからんが、すごく対策室の分析官っぽくて、かっこいい!」
「おほめに預かり光栄です」
 いやいや、丸井くんが危なっかしいから見張らなきゃいけないって意味だよ……。
「それに、石英家のお世話を預かるロボットとして、何かあったら僕が真由子さんを守らなければなりませんから」
「ま、まも……っ?」
 一気に頬がカッと熱くなった。横ではくれはちゃんがニヤニヤしている。もう、冷やかさないでよ!
「ロボットの伊丹、データベースの幌月、ヒラメキの石英、そして司令塔のオレ! これならどんな事件も難題もカンペキに解決できるな。殺人事件でもお悩み相談でも、どんとこい!」
 殺人事件は、絶対に来て欲しくない。
 両手で拳を作った丸井くんは、早速意気込んでタブレットを取り出した。
「さっそく今日の本題だ。ずばり──イリスの件と、クーちゃんの件、二つの事件はつながっている!」
 丸井くんは、高らかに宣言した。
「これはインボーをくわだてる犯人が起こした、連続ロボット破壊事件なんだ! これで犯人の目的は明確になったな。ずばり、犯人はロボットを憎んでいる!」
「でも丸井くんはこの前、『犯人がロボットを暴走させるのは、人間を傷つけたいからだ』って言ってなかったけ?」
「あれ、そうだったっけ?」
 丸井くんが言う通り、犯人がロボットを憎んで壊したがっているなら、イリスをヘブンズモールの敷地から出さなかったのは、いちおう納得がいく。人間をむだに傷つけないようにするためだろう。
 だとしたら、クーちゃんは?
 ロボットを憎んでいるなら、クーちゃんを誘拐した後、完全に壊してしまうこともできたのに、どうしてわざわざ川に流したんだろう。
 水の中に入れたら確実に壊れると思っていたんだろうか?
「そんなことより、おれはこの二つの事件にチョー重要な共通点を見つけたんだ」
 そう言って、丸井くんはタブレットを何度か操作した後、ローテーブルに置いて画面を見せてくる。
 私が〝ヒーロー〟と言われるきっかけになっちゃった、SNSの投稿だった。転んだ清掃員さんの近くにしゃがみ込む私の顔が、拡大されて画面いっぱいに写っている。
「この写真、よく見てくれよ」
「やだよ、自分の顔なんて見たくもないし」
「ちがうっ、ここだっ!」
 丸井くんは、写真に映り込んでいる清掃員さんの腕を拡大した。
「このツナギの腕に、『野沢』って刺繍が縫い付けてあるだろ? この清掃員さんの名前は、ノザワさんって言うんだ」
「へえ。それがどうかしたの?」
 くれはちゃんがいつもと同じ抑揚で尋ねる。
「へへん、見て驚くなよ?」
 丸井くんはタブレットにまた別の画像を映した。
『■の先■■■ 関■■■、■■ては■■!』
 クーちゃんがいた裏山の、擦り切れた看板だ。
「これ、地図アプリのビューで、擦り切れる前の看板が映った画像を見つけたんだ」
 丸井くんが画面をスワイプすると、地図アプリのビューイングが現れた。そこには、
『この先私有地、関係者以外、入ってはダメ!』
 と書いてある。
「なあ、この私有地の所有者、誰だと思う?」
 丸井くん以外の全員が、首を横に振った。そんなこと、私たちが知っているわけがない。
「なんと、野沢さんっていうんだぜっ!」
「え?」
「清掃員のノザワさんといっしょだろ!? アヤしさ百倍だろ!?」
「偶然じゃない?」
「いいや! ヘブンズモールの清掃員ならイリスに細工するタイミングはあったし、しかも私有地だから、クーちゃんを川に放り込むのもノザワならできたんだ。こいつがきっと犯人に決まってる!」
 ヘブンズモールで、イリスの電撃から必死に逃げてきた清掃員のおじさんが、イリスの脳をいじって、クーちゃんをくれはちゃんの家から誘拐して、川に捨てた?
 ノザワさんが同一人物なら、二つの事件に共通点が見つかったことになるけど……。
 ロボットを憎み、インボーを企てる、清掃員のノザワさん。ほんとうにそうなのかな……?
 丸井くんが鼻息を荒くした。
「だから、対策室は犯人・ノザワを追いかけようと思う!」
「ちょっと待って。それだけでノザワって人を犯人にするのは、やっぱりちょっと強引だと思う」
 くれはちゃんが、立ち上がろうとした丸井くんをすかさず引き止める。
「二つの事件に同じ名前を見つけたのは説得力があるけど、イリスを暴走させるにはそれ相応のロボットプログラミング知識が必要。それに、ノザワさんがクーちゃんをさらったとはどうしても思えない。まず面識がないから」
「む、確かにそうだ」
「あえて反論を述べさせていただくなら……」と、スイ。「ノザワ、という仮想犯人が、ロボットプログラム知識がない、という証拠もありません。それと同じくして、ノザワが幌月さんのご家族と面識がない、という証拠もありません」
「つまり、ウラをとるって意味でノザワを追うのは大アリってことだな!」
「はい、可能性を潰す意味で調査してみるのはよいかと。もちろん、安全の範囲内で。さらに言えば、清掃員のノザワと、私有地の持ち主であるノザワが同一人物かどうかも調査すべきでしょう」
 私は、次々と飛び交っていくみんなの意見に、なんとか聞き耳を立ててついていくのが精一杯だった。するとくれはちゃんはスマートフォンを取り出す。
「幌月家がノザワさんと面識があるかどうかは、パパに連絡すれば確認できると思う。だけど、期待はしないで。仕事の関係で返信が夜遅くになるかもしれないから」
「じゃあ、返信を待っている間に、オレたちは足でノザワを探そうぜ」
 出かける前にお父さんに電話をして、お友だちとスイと一緒に外に出ることを伝えた。
「お父さんって、今は研究所にいるの?」
『うん。だから何かあったら研究所に来てくれればいいから。気をつけて行ってくるんだよ。必ずスイの目の届くところにいること』
 そういうわけで、調査が始まった。こんなこと、私には初めての経験だ。ドキドキする。
「まずはヘブンズモールへ、ゴー!」