駅の改札をくぐったとたん、叫び出しそうになった。鉄の体をした人型ロボットが、がしょがしょと私の目の前を通り過ぎたからだ。
「──こんにちは。何かお困りですか?」
 別のロボットが私の背後から現れて、声をかけてきた。駅員さんのような服を着ているけれど、顔がバイクのヘルメットのような形をしていて、のっぺらぼうだった。
「わたくしは、観光案内ロボットです。お荷物、服装、歩き方のパターンを解析したところ、あなた様は旅行者のように見受けられます。道案内を、いたしましょうか?」
「ひぃっ……!」
「道案内を、いたしましょうか?」
 背中で言葉をくり返すロボットを無視し、私は全速力でその場から逃げ出した。
 駅のロータリーに出ると、道を歩くのはロボット、ロボット、ロボット! 昨日まで住んでいたところとあまりにも景色がちがいすぎて、めまいがしそうになった。
「こ、こんなの……聞いてないよ!」
 ここがお父さんの住む町──ほまれ町!
 私は小学校六年生まで、父方のおばあちゃんの家に住んでいた。なんならずっとそこで暮らすものだと思っていたけれど、お父さんの考えはちがったらしい。
『仕事が落ち着いたから、一緒に住もう!』
 そういうわけで中学一年生になる春、私は新幹線に揺られて、ウワサのほまれ町にやってきたの。
 こんなところで、うまくやっていけるのかな。
 仕事で駅に来られないお父さんの代わりに、迎えの人は別の人が来ると聞いていた。その人からいつ連絡が来ても大丈夫なように、ポケットからスマートフォンを取り出そうとした。
「──こんにちは」
「わあっ!」
 び、びっくりしたあ!
 顔を上げると、すらりとした男の子が目の前に立っていた。 私よりもちょっとだけ背が高い。だ、誰……?
石英真由子(せきえいまゆこ)さんですね?」
「え、なんで私の名前……」
「あれ? 新太(あらた)さん──あなたのお父様から聞いてないですか?」
「聞いてないです、ぜんぜん」
「そうでしたか。びっくりさせてごめんなさい。実は僕──」
 男の子の声が、耳にまったく入ってこない。びっくりしたのももちろんあるけど、男の子の顔が飛び上がるほどの美形だったからだ。
 小学校のときに見たどの女の子よりも白い肌。まじりっけのない真っ黒な短髪。鼻は海外モデルみたいにすらっと高くて、ちょっと笑っただけでクラッとするくらい、きれいな人だった。
 この人が、お父さんが言っていた代わりのひと? 私と同い年くらいだよね?
「石英さん?」
「ひゃいっ!」
 見とれていたせいで、変な声が出た。
「そういうわけで、僕があなたを駅までお迎えに来ました」
 男の子はまたクラッとするようなほほえみを浮かべる。
伊丹(いたみ)スイと申します」
 これって、なんていうんだっけ。キツネにつままれた気分?
「どうかスイと呼んでください。荷物をお持ちします」
 男の子──スイは、私のボストンバッグと手荷物をひょいと持って行ってしまった。あんなに重いものを両手に、すたすたと先を歩き出す。
 駅まで迎えに来てくれるのが、こんなにイケメンな同い年くらいの男の子だなんて、聞いてないよ! 周りがチラチラと彼の姿を二度見していくんだけど!? うう、目立ちたくないのに……。
 うつむきながら、私はスイの背中に回った。
 そうやって二人でしばらく歩くこと、十数分。スイは、お父さんの家だっていう建物を指さした。すごく機能的って言えばいいのかな。新しくて、スタイリッシュだ。玄関のドアなんて、取っ手がどこにもない。
「本当にここで合ってる?」
「はい。表札をご覧ください」
 スイは表札を指さした。確かにそこには『石英』と書いてある。
「納得してもらえましたか? じゃあさっそく中に──」
「あ! そういえば私、お父さんからカギをもらってない!」
「ああ、それなら問題ありません」
 スイはそう言って、私のそばをスッとすり抜けた。扉の横にあるインターホンの前に立つ。すると……。
 ピピッ。ガチャ。
 音が鳴って、ドアが自動で開いた。
「ここのドアロックは顔認証です。なので、真由子さんの顔も登録を……」
 ちょっと待ったぁ!
「なんであなたが家の中に入れるようになってるんですか!?」
「僕もここに住んでいるからです」
「えっ? あなたが? お父さんの家に?」
「はい、新太さんの家に」
 後から思うと、ものすごく物分かりの悪い質問をしたと思う。 そんな私に、男の子はイヤな顔一つしない。
「真由子さんは、新太さんから説明を受けていないようですね」
 そのようです。
「あのぉ……ちょっと電話」
 自分の家の前にいるはずなのに、一歩も中へ入れないまま、私の頭からぷしゅうと煙が出た気がした。とにかくスマートフォンを取り出して、コール。
『もしもし?』
「お父さんっ!!」
 お父さんに今の状況を説明した。逆にこっちも、いろいろ説明してもらわないと……!
『あっれー。スイのことは言ってなかったっけ、ごめんごめん!』
「ごめんごめん、じゃないでしょ!」
 自分の家に男の子が住んでいるっていうのに、オトシゴロの娘にそれを伝え忘れる父親がいてたまるもんか! ここにいるけどさ!
「あのひと誰なの?」
『伊丹スイくんだよ』
「それは知ってるよ!」
『仕事の量がちょっと楽になったとはいえ、お父さんも家を空けがちだからさ。真由子一人じゃ心配かなって思って。誰かにいてもらったほうがいいだろう?』
 扉のほうをちらりと見る。スイはあいかわらず同じ場所に突っ立って、ニコニコしている。
「それにしたって、なんであんなにイケメンなの! 一緒に住んでるってどういうこと?」
『ちなみに彼は十四歳を想定している』
「ソウテイってなに!?」
『スイにいてもらうのはイヤかい? だったらどこかに移ってもらうけど』
 自分の父親をこう言うのもおかしいけど、お父さんってヒトは、ロボット以外にはまったく興味がない。きっとスイを追い出したって、移ってもらう先なんて考えていないはずだ。ヒラメキタイプで、思い立ったらすぐ行動できるのは、お父さんのいいところなんだけど。
 スイが赤の他人でも、後から来たのは私のほうだし、迷惑なんてかけられない。
「もう、わかったよ。一緒に住めばいいんでしょ。お父さんもいるんだし」
『ありがとう。何かあったらもちろんすぐに言ってね。──え? あ、不具合? はい今すぐ行きます! ──じゃあ、もう切るね』
 電話の向こうが、ガヤガヤと騒がしくなった。
『本当は四月になったら仕事が落ち着くはずだったんだけど、いきなりトラブルが増えちゃって、ちょっと今日は帰れないかも。っていうか、数日帰れないかもだから、スイと仲良くねー。じゃ!』
「え、まって! 数日? 聞いてないよ、ねえちょっと!」
 電話が切れた。
「もうっ!」
 スマートフォンを乱暴にしまって、スイを見る。
「どうぞ、中へ」
 ……正直、気まずい。