「じゃ、話を元に戻すぜ。この国の将来なんて俺は興味ねぇし」
「くっ」
「ああ、まあ、とりあえず内戦は回避できそうで……よかった。なあ?」
「そうですね!」
 
 レイオンのなんともいえない視線に、アスカが元気よく答える。
 貴族たちの苦虫を噛み潰したような表情と、兄王子たちが震えながら俯く。
 確かに内戦は回避できそうだが、彼らの望む形ではないだろう。
 ちゃんと変わっていくかはわからないが、国王の様子から今度こそ変革に挑まなければ国内の貴族の半数以上は神竜の宣言通り魔力を失うことになる。
 
「で、ハロルドの始末だが召喚警騎士団は巣の竜をやってもらうってことで、異論はないな?」
「わ、我々は――!」
「ユオグレイブの町の召喚警騎士団は露払いに賛成です」
「貴様! 平民が勝手なことを言うな!」
 
 フィリックスが口を出すと、エジソンが怒鳴りつける。
 それに対してフィリックスは溜息を吐いたあと、少しだけ悲しげな表情をした。
 
「申し訳ありませんが、平民出身の召喚警騎士と警騎士の総意です。署長ではなく現場経験がもっとも多い騎士の指示に従う、と。現段階でおれが一番現場経験が多いのでおれの判断で人数頭の多い警騎士と召喚警騎士は竜の対応を行うことにしました。ただ、王都の召喚警騎士と警騎士はカルシファ団長とセドニール副団長で指揮してください。貴族の召喚警騎士はおれの指示など聞きませんので」
「く、ぐっ、うぐぐぐぐぐ……!」
 
 要するに生き延びたい者が、現場経験の多いフィリックスの指示なら生き延びられる――と、ある意味保身の極まった決断を下したのだ。
 詳しく言及は避けたが、中には下級貴族の召喚警騎士も多くいる。
 カルシファの表情はそれを察して、ものすごい顔になった。
 プライドを傷つけられたという怒りと、保身に走った部下たちへの怒りと、部下を持って行った現場経験の多いフィリックスへの嫉妬と――。
 それにフィリックスがまた溜息を吐く。
 
「待て、お前は俺たちと来い。場数を踏んでいる召喚魔法師は一人ほしい」
「え」
「斬り込みは俺がやるが、列車で『聖者の粛清』の現メンバー三人全員揃っていた。ハロルドを加えると四人だが、ストレングス・アルバーは【獣人国パルテ】の違法召喚魔法師。お前、知識量もそれなりにあるし、やつの相棒召喚魔も近接パワー型だから足留めぐらいできそうだ」
「……『聖者の粛清』のストレングス・アルバーの相棒召喚魔って、コング種だろう? キィルーの上位種じゃないか……! そんなのの相手を俺たちにしろっていうのか!?」
「できないとは言わせないぜ。他の二人はどちらも中距離から長距離のタイプ。自由騎士団(フリーナイツ)の剣聖師弟が距離を詰められれば崩すのはさほど難しくないが、確実に大量召喚された召喚魔が邪魔してくるし狙撃タイプと暗殺に特化したタイプ相手だ、混乱に乗じて確実に狙ってくる。できればリグとリョウは置いて行きたい」
 
 突然名前を呼ばれて(リョウ)の肩が飛び跳ねた。
 初めて、名前を呼ばれたのだ、シドに。
 そんなの変に意識するに決まっている。
 しかし、置いて行きたいと言われてリグと顔を見合わせてしまう。
 
「あ、あの、シド……私とリグは――」
「俺なら絶対にお前らの魔力を利用する。現実的に考えて兵量で負けているし、二十年前に自分たちを敗北に追い込んだ英雄たちが最低でも三人いるのは把握しているはずだからな。少しでも自分たちに有益になるものはなんでも使う」
「確かにハロルドはそういうタイプだな」
「そ、そんな……」
 
 一緒に行きたかった。
 なにか役に立てたかもしれないのに。
 けれど、自分とリグにはユオグレイブの町にいる召喚者たちと腹の中の『三千人分の魔力』を元の世界に帰さなければならない。
 自分がやるべきことを履き違えてはいけない。
 
「わかりました。私は私がやらなければならないことをやります」
「それでいい」
「そ、それでは[異界の愛し子]の助力は得られんではないか……」
 
 エジソンが憎々しげに呟くと、アスカがすかさず「俺が同行するだけでは不満ですか?」と首を傾げて微笑む。
 それに肩を跳ねさせるエジソン。
 不満気ではあるが召喚警騎士は騎士団長と副団長が指揮することになり、アスカ、レイオン、ノイン、フィリックス、ミセラとアラベル、そしてシドがハロルドの討伐を行うということで話はまとまる。
 (ジン)はレオスフィードとリグ、(リョウ)の護衛。
 (リョウ)とリグは王侯貴族の目を盗み、ユオグレイブの町の召喚者たちを送還することにした。
 
「では、突入は明日だ。各々準備は怠らないように」
「はい」
 
 話し合いが終わってから、(リョウ)はリグと引き続き魔力の回復のために支配人室の隣の寝室に引き篭もる。
 又吉が食事も持ってきてくれるので、寝室の食事用テーブルでもぐもぐと夕飯を食べた。
 明日、ダンジョン化を解除する。
 今日の話し合いで内戦は回避できそうだが、[異界の愛し子]であるリグは甘い蜜を手放せない王侯貴族たちに狙われるようになるだろう。
 レオスフィードへの手出しは神竜エンシェントウォレスティードラゴンに禁じられた。
 ならば、残る“益”となるのは[異界の愛し子]。
 今のところ、(リョウ)もまた[異界の愛し子]であるとはバレていない。
 魔力量が多いことも、おあげとおかきの召喚主という形でリグの魔力回復に同行している――というふうに見える……はずだ。
 
「上手くいくかな……」
「シドが一緒だから大丈夫」
 
 リグの答えはシドへの絶大な信頼に偏っているようにも思うが、確かに彼ならばなんとかしてしまいそうだ。
 それでもどうにも嫌な感じがするのだ。
 確信はないので、ただ心配性なだけかもしれないが。
 
「君の魔力はどのくらい回復した?」
「八割くらいな感じがする……。リグは?」
「僕もそのくらいだ。おあげとおかきのおかげでだいぶ回復が早い。最悪黒魔石の魔力で補助すれば、送還用の魔力は間に合うだろう」
「よかった……」
 
 かなり大規模な送還魔法となるため、(リョウ)とリグの魔力をすべて使っても量が足りるか怪しいという。
 それでも黒魔石を使えば間に合う。
 皆を帰してあげられる。
 胸を撫で下ろした。
 
「今から下準備もしておこうと思う。どうだろう?」
「下準備?」
「魔法陣を敷く。本当ならあの洞窟ほどの土地の広さがほしいが、勘づかれると面倒だ。お化け屋敷の地下の泉を使わせてもらおう」
「そ、そうか。魔法陣を敷く場所が必要なんだ」
「ダロアログは冒険者を誘拐して、その血で魔法陣を描いていたが……生贄を使わずに魔力だけで魔法陣を作るなら、やはり多めに魔力が必要だ」
「な、なるほど……じゃあ私も手伝――」
「いや、リョウはこのまま魔力の回復に集中してほしい。明日送還魔法を実行するのなら、片方の魔力ができる限り全快に近い方がいい」
「そ、そう?」
「君の魔力と首の黒魔石と、僕の魔力と黒魔石を足してようやく間に合う。少しでも足しにしたい」
「わ、わかった」
 
 リグが立ち上がって又吉と地下へ向かう。
 (リョウ)は仕方なく、おあげとおかきの小領域の中でころんと横たわる。
 二匹が顔の側に寄ってきて、すりすりとふわふわの体を擦り寄ってきた。
 じんわりと手のひらに汗が浮かぶ。
 異様に、嫌な感じが広がる。
 
「なんでこんなに不安なんだろう」
「コォン」
「ぽんぽーこ?」
「うん……なんだかずっと嫌な感じがするの。なんでだと思う?」
「コーンコーン」
「なにか近づいている? どういうこと?」
「ぽんぽーこ。ぽこー」
「わからない? そっか……」
 
 しかし、二匹もなにかを感じている。
 大きく強いなにかが、お化け屋敷に近づいているらしいのだ。
 それが(リョウ)のことも不安にさせているらしい。
 
「リグが帰ってきたら相談してみようかな」