「アスカさん、今日も探しに行くんですよね? オレも一緒に行ってもいいですか?」
「魔力は回復したの?」
「はい!」
 
 平地に召喚されたシルフドラゴンに乗ったアスカのところへ、(ジン)が駆け寄った。
 その後ろから、シドが歩み寄ってきたところだ。
 
「シド、なにかあったのか?」
「んー、一応アンタにも報告しておこうかと思って。王都内の死体がすべてダンジョンに吸収された。ダンジョンの新陳代謝が始まって、これからこのダンジョン限定の魔獣が生まれ始めるだろう」
「……いよいよ時間がないな」
 
 振り返るとすでに(ジン)の隣にシドが立つ。
 シルフドラゴンからアスカが降りてきて、腕を組んで考え込む。
 (ジン)には二人の会話がよくわからない。
 しかし、(ジン)にも無関係なことではなさそうだ。
 
「ああ。屋敷で働かされている生き残り貴族もだいぶ不満が溜まっている。ダンジョン化が解かれたらすぐに責任追及が始まるだろうな。現王と王太子候補だった第一と第二王子は両方【竜公国ドラゴニクセル】の適性がない。現王は第三王子を盾に責任追及を逃れ、早々に王位を譲るだろう」
「え!? レオスフィードくんに丸投げするって言うんですか!?」
「する。だから、とりあえず連れてきた」
「「え?」」
 
 アスカと(ジン)が声を揃える。
 シドが白いマントを持ち上げると、抱えられていたレオスフィードがするん、と地面に降りてきた。
 なんと、存外バレないものである。
 
「レオスフィード様……」
「アスカ様、あの……我が国は戦争になるのですか?」
「……残念ながら」
 
 神妙な面持ちでアスカが頷く。
 思ったより深刻な話になってきて、戸惑う(ジン)
 しかしレオスフィードは俯くどころか、アスカとシドを見比べて「どうしたら戦争にならないですか!?」と叫ぶ。
 
「残念だが、どう足掻いても戦争は回避できない。誰がどんな選択を行なっても、この国は内紛が起こる。もう回避する段階を過ぎているからな」
「そんな……!」
「あ、あの、どういうことですか?」
 
 シドが「お前マジで平和なところから来たんだな」と、少し呆れたように聞き返した(ジン)を見下ろす。
 なにも言い返せない。
 
「元々破裂寸前ではあったんだ。二十年前の消失戦争からなにも変えずに来たから、自由騎士団(フリーナイツ)の介入はあれど平民の我慢は限界に近い。それでも平民のガス抜きのためにダンジョンを作り、平民が余計な武力を持たないように調整した」
「え? ダンジョンって……政府が作ったんですか!?」
「あ、うん。知らない人の方が多いけれど、ダンジョン化の魔法はハロルド・エルセイドが二十年以上前に開発した魔法なんだって。現王はその魔法を国中で使って、『ダンジョンから新たな資源を持ち帰った者に褒賞を出す』と触れたんだ。冒険者は元々国中の魔獣を狩って生活していたんだけど、召喚魔が増えてある意味戦う力を持つ者が増えたから、それらの戦力を国に向けないために苦肉の策でダンジョンを利用することにしたんだよ」
「ダンジョンは使用者が死ねば強制的に解除されるが、ダンジョンを展開したあとは維持に魔力を必要としない。下手すりゃあ自分がダンジョン使用者だと忘れている召喚魔法師もいるだろうな」
「っ……そんな……」
「ダンジョンの話は今いいんだよ別に」
 
 と、シドに突っ込まれて「あ」となる。
 つい聞いてしまったが、確かにダンジョンの話は今はどうでもいい。
 内紛の話だ。
 
「今回のことで王都に住む貴族も平民も大勢親類縁者を失った。家もなにもかも、すべて失った者もいるだろう。しかも遺体はダンジョンに吸収されて骨も残らない。その責任の所在を王に向けるのは当然の流れであり、権利だろう。王家は結局誰も死んでないしな」
「誰かが責任を負わなければならないなら、今回の件はハロルド・エルセイドと『聖者の粛清』を合流させたユオグレイブの召喚警騎士団署長と、レオスフィード殿下暗殺を目論み列車の警備を手薄にした第一王子と第二王子に責任があるだろう。でも王都が被った被害は、この三名で収まる話ではないんだ」
「王子たちの動きに気づいていてなにもしなかったのは現王だし、ユオグレイブの召喚警騎士団署長を任命したのも現王だからな。まあ、自業自得」
 
 つまり現王はハロルド・エルセイド関係で起きたすべての被害の責任を一手に負わねばならない。
 それは退位という形が一番角が立たないのだろうが、それで貴族や平民が納得するわけがない。
 それになにより、王の退位だけで事態が落ち着くものではなく、王座が空席になることで第一王子と第二王子は玉座を巡って抗争を始めるだろう。
 だが、第一王子と第二王子はこの国の王族が受け継いできたウォレスティー王国の家契召喚魔(かけいしょうかんま)――エンシェント・ウォレスティー・ドラゴンには認められることはない。
 適性がないからだ。
 【竜公国ドラゴニクセル】の適性を発現させたレオスフィード。
 上の王子たちは、レオスフィードの奪い合いを始めるだろう。
 
「今回の件、現王の退位だけでは済まない。新たな王には今回の件の後始末を行わせなければならないからな。後始末を終えた次の王は、始末を終えてから引き続き責任をとって退位を迫られるだろう。そうして次の王こそが、のうのうと安寧を享受する。そういう魂胆で一番下の王子を利用するために争い合う。それらしい建前を掲げてな」
「っ……」
 
 父とレオスフィードにすべてを押しつけて、ことが済んだら自分が玉座に座り安寧と死ぬまでふんぞり返って生きる。
 それが第一王子と第二王子の野望。
 
「か、回避するには!?」
「幼さを理由に王位継承権を破棄するといい。ただやつらの方が動きは早かろう。ダンジョン化が解かれたら自由騎士団(フリーナイツ)に保護を求めるのが一番だろうな。けどそれならそれで第一王子と第二王子で押しつけ合いが始まる」
「え、ええと……それじゃあ父上に王座を継続してもらったら……」
「それは厳しい。もし無理を通そうとすれば王を倒すために王子たちが結託して兵を挙げる」
「うう……ほ、他になにか――争いを回避する方法は!?」
「ないな。たとえばお前が王の側に立ち、兄たちと対峙しようならお前と兄たちとで抗争が起きる。お前が王を倒そうと挙兵しても同じ。兄たちを説得して、どちらかを後片付けの王に据えても同じ。全員が王位から退くとしたら、今度は地位の高い貴族たちが私兵を用いて抗争を始める」
 
 レオスフィードが絶望した顔をしている。
 どんな選択肢を選んでも、この国は内戦に突入するだろう。
 遅いか、早いかだ。
 
「もっと絶望的なことを教えてやるなら、内戦を機に帝国と連合国は介入してきてあわよくば王国の土地の一部でも取り込もうとしてくるぞ。お前が帝国か連合国に助けを求めれば、正義の名の下に蹂躙されるだろう」
「内紛になったら国民がたくさん死ぬじゃないか!」
 
 レオスフィードが叫ぶ。
 案じているのは我が身のことではないらしい。
 お化け屋敷で過ごすうちに平民たちとも話す機会が増えたのだろう。
 シドがわかりやすく目を丸くした。
 
「――へえ……我が身でなく国民の身を思うか」
「だって……ぼくは王族だから……」
「そうだな。だがお前の兄も父も母もそんなことを気にする者ではないだろう」
「……」
 
 小さく頷く。
 フィリックスの態度からも、王侯貴族のほとんどは平民を人間だと思っていない。
 レオスフィードは、もうそうではなくなった。
 平民と接して、この国で生きる大半の者が自分と同じ“人間”だと理解している。
 
「なるほど、少しはマシか。ならなおのこと自由騎士団(フリーナイツ)に保護してもらいな。そこであと五年は勉学に励め。力を蓄えて国を取り戻す覚悟を決めろ。兄たちに任せておけばどうなるかなんて、考えるまでもないだろう。今のお前では求心力もないし、なによりお前の味方をするようなお前と似た思想の貴族は見つからない。お前という藁に縋るような貴族が出てくるのを待つんだ。その間、お前も己を王の座に相応しくあるよう高めろ。内紛はもう避けられない。だからその争いを最短で終わらせて、それ以降血が流れなくなるように――二度と『聖者の粛清』が喚けなくなるような差別のない国を作り上げればいい」
「…………っ」
 
 幼い王子では挙兵しようにも、誰も手を貸さない。
 貸すような貴族はろくなことを考えていないだろう。
 貴族たちを黙らせられるような、立派な人間にならなければ。
 そのためには成長するしかないのだ。
 シドは「最低でも五年」と手を突き出す。
 十四歳が、大人と対峙して相手と対等に話ができる年齢だと言う。
 
「その基準は?」
「経験。十二の時に『赤い靴跡』のゴッドファーザーと会ったが、酒の場だったし完全にガキ扱いだった。でも十四の時に会った時は、同じ酒の席だったが扱いが変わっていた。十六の時は酒まで出された」
「ワ、ワァ……『赤い靴跡』のゴッドファーザーって君が剣聖を倒すまで、世界最高額の賞金首だった――」
「そう」
 
 ヤバい人なんだな、と(ジン)も頷く。
 そしていきなり説得力がすごい。
 
「単純に体躯の問題だろう。力で押し返される恐れのある年齢になれば、相手も警戒感を引き上げる。それをより早く改善したいのなら国王から家契召喚(かけいしょうかん)の契約魔石を手に入れることだな。それがあるだけでも多少変わるだろうし、実際召喚できるとなれば話は変わる」
「ぼ、ぼく、まだ召喚魔法は基礎しかわからない……」
「ならやはり自由騎士団(フリーナイツ)に保護を求めて守ってもらえ。守るために守られるのは悪いことじゃない。守られた分守れる人間になればいいんだからな」
「……!」
 
 顔を上げたレオスフィードの顔が、変わった。
 (ジン)もあまりにも人が一瞬で“変わった”ので驚いた。
 思わずシドを見上げてしまう。
 
「俺もそう思います、レオスフィード殿下。それに、レイオンさんなら殿下を必ず守ってくださいますよ! 俺も内戦が始まったらレイオンさんのところに行こうかな。[異界の愛し子]が参加すると多分もっと混乱が続く」
「まあ、それが無難だろうな。リグと【聖杯】の娘もそうさせた方がいいんだが――一箇所に三人もの[異界の愛し子]が集まるのは……ちょっと危ねぇ」
「君も自由騎士団(フリーナイツ)に入ればいいじゃないか。君も存在事態が牽制になるし!」
「俺が騎士なんて柄かよ」
「オレ、シドさんに負けたくないです」
「は?」
 
 口を突いて出ていた。
 自分でも少し驚いた。
 けれど、もう止まりそうにない。
 人として、男として、剣士として、召喚魔法師として、すべてにおいてこれほど『負けた』と感じる相手は(ジン)にとって初めてだったから。
 
「シドさんに一つでも、勝てるようになりたいです」
「なんの話だよ」
「騎士として人として男として――じゃないか?」
 
 アスカに言い当てられて、頬を膨らませる。
 子どもじみた嫉妬だ。
 自分でもわかっている。
 
「くだらね。俺は騎士じゃねぇ、悪人だ」
「キーーーー!」
「なんでキレられてんのかマジでわからねーよ」
「俺も見習わないとなぁ、そのクールさ!」
「おい言葉通じねぇって」