「ちょっとだけお手伝いして体を動かしてこようかな」
「コーン?」
「ぽんぽこ!」
「うん。やっぱりずっとカーベルトで働いてたから、休みの日以外に休んでると違和感があるというか……」
 
 これが世に言う社畜――であろうか。
 働いていないことに違和感を覚える体になってしまった。
 
(フィリックスさんのことを言えないな)
 
 と、思いながらも背伸びをして少しだけ体をほぐしたあと、おあげとおかきの頭を撫でて、リグの髪を撫でて、部屋を出た。
 提灯お化けに「なにかお宿のお手伝いすることないかな?」と聞くと、床から突然又吉が飛び出してくる。
 
「にゃーん!」
「あ、又吉さん! もしよければなにかお宿のお手伝いをさせてもらえませんか?」
「え? なんでですにゃん?」
 
 なんで。
 聞き返されてしまった。
 
「えっと、最近ずっと働いていたので、ちょっとだけ働いておきたいかなぁ、なーんて……。だめ、ですか?」
「とんでもないとんでもない! ですが、王侯貴族の皆様に働いていただいているので、手は足りているのですにゃん」
「あー」
 
 それもそうか、と天井を見上げる。
 じゃあ、と提案したのは料理。
 
「普段は食堂でご飯を作っているの。泊まっている人たちにご飯を作るのを手伝うのは無理でしょうか?」
「ああ! それならぜひよろしくお願いしますにゃん! お味噌汁作れますかにゃ?」
「はい!」
 
 又吉に連れられ、厨房に連れて行かれる。
 妖怪土蜘蛛が八つの腕で料理を作り続けていた。
 洗い場には小豆洗い。
 思わず「わあ」と声が漏れる。
 
「なんだ! 姫様じゃねぇか! 又吉! 姫様をこんなところに連れてくんな!」
「お料理をお手伝いしたいとおっしゃっておられるのですにゃん」
「和食――あ、【鬼仙国シルクアース】の料理を作っているんですね」
「ですにゃん」
 
 (リョウ)としては和食も久しぶりなので美味しくいただいているのだが、そういえばノインは「お箸苦手なんだよなぁ」とぼやいていた。
 特区のあるユオグレイブの町は【鬼仙国シルクアース】の料理がそれなりに普及しているが、箸が苦手な人は多い。
 
「『エーデルラーム』の人は箸があまり得意ではない人が多いので、少し気になりました」
「なんだって? そうなのか?」
「それで食べ残しが多いのか!」
「この世界の人間どもは贅沢もんだと思ってたにゃん! 食べづらかったのにゃんね?」
「残されていたんですか?」
 
 うんうん、と厨房の妖怪たちがみんな頷く。
 それプラス、召喚魔に慣れていない王都の人たちにとって、妖怪たちが作る食事に思うところがあるのでは――というのもある。
 とてもじゃないがあくせく料理を作る彼らには言えないけれど。
 
「簡単な洋食……えっと、オムライスというのを作ってみてはどうでしょうか? 私でよければ作り方を教えるので……」
「おお、面白い! 異界の料理か!」
「わしも興味がある。ぜひよろしく頼む!」
「はい。それでは――」
 
 プロの料理人の矜持に触れるのではないか、と心配していたが、そんなことはなく。
 存外ノリノリでオムライスの作り方を知りたがってくれ、一発で覚えて大量生産を開始した。
 
「優秀すぎる……! さすがプロ!」
「へへ、そんなに褒めないでくださいよ」
「新しい料理を知れるのは、料理人冥利に尽きますからね」
 
 とまで言ってくれる。
 立場上かもしれないが、ありがたい。
 
「美味しそうな匂いがするね」
「おお、平民騎士のにいちゃん!」
「見てくれ、今日は姫様がこの世界のレシピを教えてくださったんだ」
「リョウちゃん」
「フィリックスさん!」
 
 なんと、フィリックスがカウンターから顔を覗かせた。
 すぐに「リグと寝てなくて大丈夫なの?」と言われるが「寝過ぎて少し頭も痛くて……」と答えると納得される。
 フィリックスは頭が痛くなるほど眠ることなど、きっとないのだろう。
 少し無神経だったかな、と思ったら「じゃあ、オムライス二つよろしく」と注文された。
 
「フィリックスさんはお仕事大丈夫なんですか?」
「うん、まあ。具体的にやることって魔獣と戦ったりボーンドラゴンポーンを追い払ったり……そのくらいなんだ。ハロルド・エルセイドの居場所はアスカ様やミセラ様が中心になって捜しているからね。陛下や大臣や署長の命令はあるけど、おれの能力の範疇を超えているんだよ。出しゃばりすぎると怒られるしね」
 
 わあ、面倒くさい。と、喉までデカかった。
 そんなことはフィリックスが一番感じていることだろう。
 
「今はとにかく森で彷徨う列車の生き残りを捜して、ここに連れてきて治療するのが最優先かな。お化け屋敷が城壁と同じくらい高く化けてくれたおかげで、結構たどり着いてくれている人も多いんだけど」
「あるじ様方の指示ですにゃん」
「ああ。……問題は王都の中の生き残り捜しだな。おれは幻覚耐性が高くないから、中に入った者の話を聞くだけだけど遺体の処理も瓦礫の片付けも思った以上に進んでいないらしい。幻覚耐性が高くなければ召喚魔でも幻覚にかかってしまうから」
「……とても大変そうです」
「うん。精神的にもキツイしね……大変だと思うよ、王都の中の担当は」
 
 お冷を飲み干して、少し遠くへ視線を向けるフィリックス。
 キィルーも心配そうにフィリックスの頬を叩く。
 大丈夫、と言うがあまり大丈夫そうに見えない。
 少し考えて、オムライスにケチャップでおさるさんを描く。
 
「どうぞっ」
「オムライス! ああ、ほら、キィルーが描いてあるぞ。リョウちゃんは絵が上手いな」
「カーベルトでたくさん描いていましたから。キィルーにはフィリックスさんの似顔絵を描くね」
「ウキ!? ウキキィ!」
「え、おれぇ?」
 
 頭の上で手を叩いて喜ぶキィルー。
 顔を上げて、フィリックスの顔を時々確認しながらオムライスに顔を描く。
 なんだか少し恥ずかしい。
 そしてそれはフィリックスも同じらしく、顔の確認で見上げる度に目許が赤くなっていく気がする。
 
(綺麗な顔だな、とは思ってたけれど……金髪は緑がかっていて優しい色。夕焼けみたいなオレンジ色の瞳も、赤みたいな苛烈さじゃなくて温かみがあって安心する色)
 
 仕上がったオムライス。
 最後にもう一度確認、とばかりにフィリックスを見ると、カウンターの下に沈んでいた。
 
「え? フィリックスさん? どうしたんですか?」
「い、いや……一生懸命で、可愛いなと……」
「え?」
 
 聞き間違いかと思ったが、頭を抱えて耳やうなじも赤くなっているのが見えて、(リョウ)までじわじわと顔が熱くなっていく。
 
「ウキ!」
「あ、う、うん、は、はい、キィルー」
 
 催促されてカウンターテーブルにできたオムライスを差し出す。
 嬉しそうなキィルーが(リョウ)の顔とオムライスを見比べる。可愛い。
 食べていいよ、というと、嬉しそうにスプーンで食べ始めた。
 
「あ、あの、フィリックスさんも、冷める前にどうぞ」
「あ、ああ。ありがとう。いただきます」
 
 立ち上がったフィリックスと、視線が上手く合わない。
 顔がずっと熱くて、ソワソワがとまらない。
 
(なにこれ、なにこれー!)