「次は水と食料か」
「王都の中から取って来れないものか」
治化狸(ちばけたぬき)と稲荷狐の効果は一時的なものだ。今はまだ僕とリョウの魔力で維持しているが、ずっとこのままにはできない。コストは最小限だが魔力はずっと注いでいる状況だ。いくらリョウの魔力が規格外でも、使い過ぎれば『三千人分の魔力』に手をつけなければならなくなる。それは避けたい」
「そうか。それはそうだな。リョウちゃんとリグの魔力も回復させないと、送還魔法を実施するのが先延ばしになっちまうし……」
 
 真剣に考えてくれるフィリックス。
 その横顔に胸があたたかくなる。
 人ごとと思わず、親身になって考えてくれるのがとても嬉しい。
 
(フィリックスさん、本当に優しいな……)
 
 若干、本当に少ーしだけ――リグにいいところ見せようとしてるのでは、と思ったりもするけれど。
 それはそれで可愛らしい一面だと思う。
 
「お化け屋敷……」
「ジ、(ジン)くん、大丈夫……?」
「だだだだだ大丈夫だけど」
 
 声と顔が全然大丈夫そうではない。
 
「ねぇ! 早く入ってみよう!」
「「えっ」」
「そうだな、中も確認したい」
「おれは町から来た人たちを誘導するよ。ノイン、ジンくん、三人の護衛を頼むね」
「「え!?」」
 
 盛大に青い顔をして振り返る二人。
 フィリックス、なにかを察して表情が引き攣る。
 
「……いや、その……でも、制服を着ている……おれが誘導をした方が……いいと思って……」
「そ、そ、そそそ、そ、そう、だ、だよね?」
「も、もちろん! ま、任せてください! お、オレたち大丈夫ですから!」
「そ、そう? 本当に? 大丈夫か? 無理してない?」
「だ、大丈夫です、よ!」
「う、うん。そう! 別に? 全然、ぜ、全然、平気だし?」
 
 目がめちゃくちゃ泳いでいる。
 だが、フィリックスの言う通り召喚警騎士の制服を着ているフィリックスが誘導を行うのが一番効率がいい。
 リグが玄関で指を鳴らすと、猫又がポテポテと歩いて現れた。
 
「にゃーにゃー、らっましゃいませぇーらっしゃいませぇーにゃー。こりゃこりゃあるじ様、が代替わりされはったんでさかぁ。どーもどーもにゃー、はじめぇーましてぇー。にゃーは猫又でこの旅館の管理をしとりにゃーす又吉ってぇーもんですにゃーん」
「そうか」
「お、今回は無口なダンナ様ですにゃーん。お名前をおうかがいしてもいいですにゃーん?」
「リグ・エルセイドだ。もう一人、兄でシド・エルセイドがいる。正式な主人は兄だと思ってほしい」
「リグ様とシド様でにゃんすね。かしこまりましてにゃーん。それでは中へどうぞ〜。支配人室にご案内しますーにゃーん」
 
 なんとも間延びした喋り方の二足歩行猫である。
 室内なのに提灯を持ち、のったのったと大股で歩いていく。
 青い顔の護衛二名を最後尾に、フィリックスがとてつもなく心配そうにハラハラと後ろを振り返っているのを見ながら、(リョウ)も小さくなったおあげとおかきを肩に乗せて館内に進む。
 廊下は入り組み、階段はあちらこちらに設置され、まるで忍者屋敷のようだ。
 
「ちなみに、ダンナ様以外の方はお客様ということでよろしいですがにゃー?」
「付き人のようなものだろうか。こちらの子どもは客人だが、王族なので丁寧にもてなしてほしい。可能だろうか?」
「にゃんとにゃんと、王子様であらせられましたか。前のあるじ様は王侯貴族が大層にお嫌いでしたが、今回のあるじ様はそうでもにゃいのですね?」
「僕はそういうことにあまり興味がない。それに、レオスフィードはとてもいい子だと思う」
「リグ……」
 
 頭を撫でられて、レオスフィードが嬉しそうに笑う。
 先程兄たちに賞金をかけられていると知ったばかりだから、なおさら嬉しいのだろう。
 すっかり安心したようにリグにしがみついて、もっと、とねだる。
 
「そうにゃんですかー。かしこまりました、かしこまりましたにゃーん。青梅ー」
「ハイハイ、お呼びですかぁ?」
 
 パンパン、と又吉が手を叩くと、おかっぱ頭の青い着物の子どもが障子を開いて現れた。
 細い目を突然カッと開いて、リグとレオスフィードを見る。
 
「まあまあ! 新たらしい支配人さんじゃあ、あーりませんか! お若い! イケメン! 超美形! 目の保養ですわ!」
「こちらの男の子憑きになってほしいにゃん。ダンナ様のお客様ですにゃん」
 
 と、そのおかっぱの子どもレオスフィードを紹介する。
 
(((……今“憑く”って言わなかった……?)))
 
 考えすぎだろうか。
 ちらりと(リョウ)(ジン)とノインを見ると、二人とも青い顔に若干紫が差し込み始めている。
 こちらはこちらで大丈夫だろうか。
 
「このあと王都から大勢人がなだれ込んでくる。彼らの世話を頼みたい。可能だろうか?」
「団体さんですにゃん?」
「ああ、おそらく数十万単位で」
「かしこまりましてございますにゃん。ですが、人間様が食べるようなお食事はうちでは食材がご用意ございませんで……お夕飯は難しゅうございますにゃん」
「まあ、そんな気はしていた」
 
 階段を登りながら、「すみませんにゃん」と又吉が謝る。
 いやいや、急に押しかけたのはこちらである。
 しかも、数万人単位で。
 冷静に考えなくても言っていることが無茶苦茶である。
 
「では幽霊さんたちに接客してもらうしかないにゃん。ダンナ様、申し訳ございませんが、もう少々魔力を貸していただいてもよろしいにゃん?」
「……構わない」
「あっりがとうございますにゃーーーん!」
 
 リグの持つ魔石から、魔力が吸われていく。
 (リョウ)が「あの、リグ、私の魔力を」と言いかけたが首を横に振られた。
 
「君の魔力は王都の……稲荷狐と治化狸(ちばけたぬき)に」
「うっ」
「君の負担の方が今は多い。このくらいなら僕も大丈夫」
「う、うん……」
 
 とはいえ(ジン)がものすごく「このくらいって……」と言わんばかりの顔をしている。
 ノインがその表情に「あ、普通じゃないんだね」と察して半笑いになっていた。
 多少は慣れてきたのだろうか。
 
「べろろーーーん」
「「わぎゃーーーーー!?」」
「他のお客様には提灯お化けを一体ずつ憑けさせていただきますにゃん。館内迷宮となっておりますので、行きたい場所がございましたらお手持ちの提灯お化けに案内をお願いしてくださいですにゃん!」
「「………………」」
「ノ、ノインくん、(ジン)くん大丈夫?」
 
 (リョウ)のところにも舌を出した提灯お化けが落ちてきた。
 驚きはしたけれど、お互いに抱きつきあって放心している(ジン)とノインは――気絶していないか?
 
「できればあまり脅かさないようにしてほしい」
「あーん、それは無理ですにゃーん。びっくりさせる系妖怪の性ですにゃん」
「そうか」
「「そうかって、納得しないで!」」
 
 半泣きになったノインと(ジン)が意識を取り戻した。
 気がつけば二階。
 そのままエレベーターに案内され、猫又が「このまま最上階に参りますにゃーん」とスイッチを入れる。
 チーン、と到着音が鳴り、絢爛豪華な最上階に到着。
 いわゆるスイートルームと、支配人室がある階。
 
「右のお部屋が一等室『椿の間』でございますにゃん。首がコロっと落ちる、という意味の、楽な死に方が出来るお部屋でーすにゃーん」
「殺してはダメだぞ」
「もちろんですにゃん! お部屋の意味をご説明しただけですにゃん!」
「ならいいが……一人でも殺すようなら魔力を全部吸い上げる」
「……ピッ……!」
 
 リグの目が静かに又吉を見下ろす。
 その目に硬直する又吉。
 それにしてもなんという物騒な意味の名前なのか。
 
「し、支配人室はこちらですにゃん……」
「ありがとう」
 
 しかし、支配人室前に到着するとリグは一転して又吉の頭を撫でてやる。
 それがよほど気持ちよかったのか、又吉は緊張を解かしてゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
 完全にご機嫌な猫だ。
 
「んにゃぁん、んにゃぁぁん……なぁん……ンナァン……」
「ああ、そういえば水や食料が足りないと言っていたな……」
「又吉にお任せくださいにゃぁん!」
 
 飴と鞭か。
 カッと目を見開いた又吉が、「地下の泉で魚を獲ってきますにゃん!」と挙手して叫ぶ。
 だがどう考えてもそれでは足りないだろう。
 
「食糧庫はあるか?」
「一階にございますにゃん。どうされるんですにゃん?」
「【戦界イグディア】から打ち出の小槌を召喚する」
「「「え」」」
 
 それは武器に入るのか?
 どちらかというとカテゴリ的に【鬼仙国シルクアース】属では?
 そんなツッコミを心に抱きながら、一階に逆戻りしていくリグを見送る。
 一緒に行こうとしたが、「魔力を使いながら動き回るのに慣れていないだろう?」と言われて部屋で大人しく待つことにしたのだ。
 護衛二名が青白い顔で足腰がふらふらになっているのもあり。
 
「護衛に行かなくて大丈夫かな……」
「でもノインくんも動けないじゃないか」
「そ、そうだけど……」
「又吉が一緒ですからだいじょーぶですわ〜。ああ見えてめちゃくちゃ強いんですのよ」
「ソ、ソウナンデスカ」
 
 糸目の座敷童子、青梅から目を背けながら返事をするノイン。
 座敷童子は幸運を呼ぶいい妖怪だから、と(リョウ)がフォローしてもやはりまだ怖いらしい。
 
「いや、妖怪は実態があるから斬れる。戦える。大丈夫……」
「問題は幽霊……」
「【神霊国ミスティオード】の幽霊と一緒にしないでほしいですわー」
「二人とも幽霊が苦手だなんて、なにが怖いんだ?」
「「斬れないから」」
「ええ……」
 
 首を傾げるレオスフィード。
 それに対して二人の答えのなんという脳筋ぶりか。
 
「でも、このままじゃダメだと思うんだ。オレ」
(ジン)くん?」
 
 震えて座っていた(ジン)が、また思い詰めたように無契約の【竜公国ドラゴニクセル】の魔石を取り出す。
 薄紫色の、小指の第一関節くらいしかない、小さな魔石。
 
「シドとリグさんを見ていると、やっぱりオレはまだ全然ダメだ。さっきだってほとんどフィリックスさんが倒した。召喚魔法師としても、剣士としても中途半端でなにも足りていない」
「ジンくん……。……あの、でも本音言っていい?」
「な、なに?」
「ボクは生まれつき天才だから仕方ないし、シド・エルセイドはあいつはもうなんか反則だし、リグさんも多分反則なんだと思うし、フィリックスさんはそもそもジンくんより小さい頃からすっごく努力して大人になったんだ。なんで比較するの? 大人と比較するのはおかしいよ。勝てるわけないんだもん。ボクは大人にも負けたことないけど、それでもやっぱり小さい頃から努力してきた大人には勝てない。シド・エルセイドとか……フィリックスさんとかには……勝てないよ」
「っ……!」
「リグさんの魔力量の話も病院で聞いたでしょ? あの人もすごくつらい思いをして、乗り越えて今があるんだ。認めたくないけどシド・エルセイドも尋常じゃないぐらい努力して生きてきたと思う。そうじゃなきゃ説明がつかないぐらい強かった。ムカつくけど。ボクが負けたんだもん。だからボクも大人になった自分が負けないように頑張るって思ってる。師匠も天才が努力したら無敵って言ってたしね」
 
 にっ、と(ジン)に笑いかけるノイン。
 そんなふうに言われては、(ジン)も悔しそうに俯くしかない。
 なにしろ、ノインは三つも年下なのだ。
 
(ジン)くん、私も、召喚魔法頑張って覚えるつもり」
(リョウ)ちゃん……」
「今はリグの補助みたいなことしかできないし、一生かかってもリグには追いつけないと思うけど……でも、少しでも近づきたいの。一緒に頑張ろう。大丈夫だよ。(ジン)くんには四属性も適性があるんだから!」
「……あ……」
 
 そういえば、と言わんばかりの表情。
 その表情に、「あれ?」と首を傾げる(リョウ)とノイン。
 
「お前、四属性も適正があるのか……!? す、すごいな!」
「そ、そういえばそうだった。オレ、【竜公国ドラゴニクセル】にばかりこだわってた……」
「ジンくんさぁ……」
「うっ、だ、だって……強くなるには【竜公国ドラゴニクセル】の召喚魔法が一番だと……」
 
 確かに【竜公国ドラゴニクセル】の召喚魔は総じて強力だ。
 列車の中で戦ったボーンドラゴンポーンとてコストの低い大量召喚可能召喚魔とはいえ、決して弱くない。
 他の異界の低コスト召喚魔に比べれば、間違いなく強いのだ。
 けれど(ジン)には他に三つも適正がある。
 
「そっか。それもそうだよね。(ジン)くんは四つも適正があるんだから、どれか一つに絞るより全部を得意になった方が強くなれるのかも」
「ボクもそう思うなー。適正がたくさんあるのは普通に強いよ。リグさんに四属性全部の召喚魔法教わった方がよくない? 使いこなせるようになったらかっこいいしね」
「うん……そうだよね。なんで最初からそれをしなかったんだろう。せっかく持ってる才能なんだから使わないと意味なかった」
「まあまあ! 今から伸ばせばいいんだって! 相棒召喚魔は逆に選択肢多すぎて大変そうだけど」
「う、うん」
 
 ノインに肩を叩かれて、ようやく少し元気になった様子の(ジン)に胸を撫で下ろす。
 やっぱり男の子同士の友情は強い。