「なんだこりゃ」
「……桁、間違えてます? ああ、いえ、魔石道具は正常ですね……え? 正常?」
 
 ちらり、と(リョウ)はリグを見た。
 一緒に来たレイオンとノイン、(ジン)も微妙な表情でミュラセン・チュフレブ委員長とその相棒ミニア、チュフレブ家の家契召喚魔(かけいしょうかんま)である【機雷国シドレス】のサイボーグドクター・アスクレピオスを眺める。
 彼女らは今、リグの健康状態を確認してくれているのだ。
 診断は栄養失調気味。
 また、魔力が枯渇状態になっているので、魔力回復薬を処方するに至り最大魔力量を確認しているのだが、その最大値の桁がおかしいらしい。
 
『二桁ホド、平均値ヨリ高イデスネ』
「そ、そんなに多いんですか?」
「ありえんよ、こんな数値。どんな生活してたらこんな数値になるんだ?」
 
 普通の召喚魔法師は平均コスト40前後の召喚魔しか召喚できない。
 つまり魔力量を数値化すると、平均的な召喚魔法師の魔力量は40前後、となる。
 それよりもコストの多い召喚魔には複数人の召喚魔法師で挑んだり、それプラス必要な生贄や捧げ物などを捧げるという。
 二桁多いということは、リグの魔力量は千単位。
 
「人の魔力ってそんなに多く蓄えられるものなんですか?」
「まあ……訓練をすれば100には到達すると聞いたことはあるけど、それでもかなり厳しい。毎日魔力を空にする必要があるからな」
「ウ、ウワ……」
 
 院長の説明に(ジン)が本気でドン引きした声を漏らす。
 魔力切れは一度経験すると、できれば二度と経験したくない程度にはきつい。
 (リョウ)もこの世界に来たばかりの時、それと似た経験をしたがずっと気怠い、たまに目眩で立てなくなる、時折吐き気、微熱が続くなど日常生活に支障が出る。
 あれを毎日は本当に大変だった。
 
「具体的にどれくらいだったの?」
「8000だった」
「「「はっせ……」」」
 
 絶句した。
 リグは「そのくらいあったのか」と他人事のように呟く。
 リグ自身も初めて知ったらしい。
 
「どうしたらこんなに増えるんだ?」
「別に……五歳の頃から脱走させないために魔力蓄積用の魔石に、一日中魔力を吸われていたから……かもしれない」
「っ……」
 
 ゾッとした。
 (リョウ)だけでなく、特に院長が「ゲェ……」と口を覆った。
 足首や腕に五歳から十四歳まで毎秒、回復した瞬間に魔力を吸わせれていたらしい。
 最大値が毎秒増えていたということだが、そんなの普通耐えられないだろう。
 しかし、毎日がそんな調子だと不調が日常でその状態なりに生活できるようになるらしい。
 あまりのことに全員口を覆った。
 
「あと、そのくらいになると、魔力回復量が増えて魔力回復速度も蓄積魔石が吸うのを上回るようになってきて」
「ヒェ……」
「体調がよくなってきて……でもそれはそれでダロアログは面白くなくなってしまい、蓄積魔石の数を倍に増やされて……」
「ァアアア……! もう聞いているだけで気分が悪くなる!」
「オレも具合が悪くなりそう」
 
 しかし倍にされれば翌年にはまたそれを上回り始めた。
 ダロアログはリグの魔力を吸った蓄積魔石で悪さをしていたらしいが、最終的に十個の蓄積魔石が一日で満タンになるようになったので「お前の魔力を無限に吸えそうななんかを自分で作れ」という無茶振りをかまされたという。
 仕方なく調べた結果、太古の昔に黒魔石なる膨大な魔力を使って作られた特殊な魔石の存在を知った。
 これならば自分の魔力を押し込めて置けるかもしれない、とドワーフたちに手伝ってもらって作ったらしい。
 
「待って! 黒魔石を作ったのかね、君!」
「リョウの首輪のものと、自分の魔力を吸う用にもう一つ。作った」
「太古の技術のはずだが!?」
「ドワーフに聞いたら一緒に作ってくれた」
「はあーーー!?」
 
 なんだかいつぞやも見たことのある光景だ。
 違うのはフィリックスでなく院長が叫んでいるところぐらい。
 (リョウ)もベレスに黒魔石がどれほど貴重なものなのかを聞いたばかりなので、ふと遠い目をした。
 ノインと目を合わせて、頷き合う。
 ――やっぱり作ってた。
 
「では君、普段から魔力を枯渇させているのか」
「大きな儀式前はさすがに回復に専念するが……」
「うーん、普通にありえんね……いや、しかし……三十万人並みの魔力……確かに一人で伝承級の召喚魔を複数呼べてしまうな……こんな魔力量見たことがない」
「リョウは多分僕より幾分多い」
「私!? そんなに多いの!?」
「それが“聖杯”の条件だ。君の中にある『三千人分の魔力』は魂と肉体、すべてを魔力に変換しているため人数分で計算しない方がいい。一人がおよそ10000ほどの魔力になっているはずだ」
「え……」
 
 三千人分の魔力は、一人がおよそ10000。
 ということは――。
 
「さんぜんまん……?」
「およそ。それに君自身の魔力も上乗せされて、君の中に封じられている。僕よりやや多いぐらいの魔力と思えば10000くらいはゆうにあるだろう」
「ワ、ワァ……」
 
 もう想像がつかない量になっている。
 他人事のように「ス、スゴイネー」と言ってしまう。
 
「……そんな量の魔力、なにに使うつもりなんだね……?」
「さあ? 僕はダロアログに言われた通りにしただけだ。ただ……ダロアログの目的にハロルド・エルセイドの復活があったということは――リョウの魔力を使うつもりなのはハロルド・エルセイドだったのではないだろうか? だとしたら、自ずとその目的も絞れる」
「貴族の殲滅と八異世界の壁の完全消滅か」
 
 レイオンが険しい表情で呟く。
 ハロルド・エルセイドが肉体ごと復活して二日。
 フィリックスを気に入っていたシドが手を貸し、現在ハロルド・エルセイドは無事に確保され召喚警騎士団本部の地下に厳重に囚われている。
 近く王都よりハロルドを監獄島へ輸送することになるだろう、とのことだ。
 ユオグレイブの町の召喚警騎士団署長は、大罪人ハロルド・エルセイドを復活と同時に捕縛したとして賞賛を浴びている。
 A級広域指名手配犯ダロアログも署長の指揮により討伐した、と発表されて、ここ一ヶ月弱億超えの賞金首に怯えていたユオグレイブの町はお祭り騒ぎだ。
 庶民たちも「いつも威張ってるだけはあったんだね」や「貴族も本当はやればできるんだ」と見直す声に満ちている。
 とはいえ大半は「まあ、どうせフィリックスたちの手柄を横取りしたんだろう」という冷ややかな声が多いのだが。
 それでも、二十年前の『消失戦争』を知っている者からは「大変な功績」と褒めそやす声もある。
 しかも、ダロアログに誘拐されていた第三王子と長年囚われていた[異界の愛し子]を保護した――というおまけつき。
 この大ニュースは国中を駆け巡り、今やエジソン・ドールマンは英雄の仲間入り。
 王も早々に署長の陞爵を発表した。
 リグのことはシドと兄弟である、ということやハロルドの息子であることも伏せ、まったく無関係の人間として公表し、新たに苗字を与えて国で保護する――という流れができつつある。
 たったの二日でこれだけの流れになったのは、普段の貴族たちの働きぶりを思うと頭を抱えたくなるものだ。
 だからこそ貴族らしい、とも思うが。
 しかし、二十年前に直接ハロルド・エルセイドと戦った者たち――レイオンとミセルはそう簡単に終わるとは考えていない。
 
「だが、ハロルドの契約魔石はシドが持っているんだろう?」
「ああ。シドがハロルドの契約魔石を入れている収納宝具も、風磨(フウマ)が一族の秘宝として持っていた特級種だ。あれを取り出せるのは血筋の者である風磨(フウマ)のみ。シド自身にも無理だと言っていた」
「【鬼仙国シルクアース】の鬼忍一族の秘宝か。なるほど……そりゃハロルドにもきついな」
「じゃあ、安全ってこと?」
「そうだな、普通に考えれば無理だ。守り手が上位の鬼忍の上、その主人は魔剣を持つ懸賞金三十億の世界最強。国を挙げて挑んでも奪えるか怪しいなぁ」
 
 国家レベルとなると、それはもはや戦争だ。
 フットワークの軽い賞金首と暗殺も得意とする忍。
 軍で挑んでなんとかなるレベルではない。
 迂闊に他国に渡られても困る。
 国内でなんとかしたいはずだ。
 そして、そうなるとリグの存在が国側にあるのは大きい。
 国がシドと交渉する材料になる。
 召喚適性が【竜公国ドラゴニクセル】だった第三王子が、リグに懐いているのも二人の立場を変える理由なるかもしれない。
 リグに新たな苗字が与えられ、ハロルドとの関係が絶たれればシドの望む通り普通の人間らしい生活が送れるようになる。
 むしろ、[異界の愛し子]として国に大切にされるはずだ。
 他国への牽制の一つとして――。
 
「ウォレスティー王国としてはシドも抱え込んじまいたいだろうな。国家所属にするのは難しいだろうが、建前として[異界の愛し子]が説得したとかなんとか無理矢理理由をつけて懲役召喚魔法師にすりゃ、世間や他国を納得させられるかもしれん」
「懲役召喚魔法師?」
「違法召喚魔法師が捕まったあと、刑期の年数無償奉仕している者のことだ。王宮召喚魔法師か、召喚警騎士が二人監督役につけらるが衣食住は保証されるし刑期が終わったあともそのまま働けるんだよ。召喚魔法師が人気の理由の一つだよね、罪を犯しても生活が保証されるから」
 
 と(ジン)の質問にノインが答えてくれる。
 なんとなくずるくないか、と思う。
 しかし、召喚魔法師はそれだけ優遇されるべき希少な存在ということなのだ。
 
「シドが国の下につくのはあり得ない気がする」
「だがお前さんが望めば、やつもそのくらいの我慢はするんじゃないか?」
「多分しない」
「しないかぁ」
 
 首を振るリグに、レイオンが乾いた笑いを浮かべた。
 じゃあ無理だなぁ、と。
 
「わしとしては自由騎士団(フリーナイツ)にシドが来てくれるとありがたいな。貴族たちへの牽制にもってこいだ。剣聖を二人倒している以上、すぐ二等級にはなれるだろう。問題は素行だなぁ」
「そうだね。ムカつくけど。強いし。……多分、守るの得意だし……騎士に向いてると思う……」
「ああ、お前のいいライバルになる」
「むうう」
 
 レイオンに頭を撫でくり回されながら、フグのように膨れるノイン。
 自分が負けた相手を、こうしてちゃんと評価できる。
 
「ノインくんはやっぱりすごいね」
「べ、別に……」
 
 (リョウ)が褒めると珍しく顔を背けて頬を染めた。
 悔しい気持ちを持ちながらも、認めるところは認められる。
 それができるのはとてもすごいことだ。
 
「……自由騎士団(フリーナイツ)とはなんだろうか?」
「「「「え」」」」
「召喚警騎士団は召喚騎士が一新したものだと聞いたことはあるのだが、自由騎士団(フリーナイツ)は聞いたことがない」
「マ――」
 
 マジ、とレイオンがショックを受けて後ずさる。
 実は初めて会った時に聞きたかったそうだ。
 ただ、あの時は今以上に体調が悪く、余裕がなかった。
 
「え、えーと、自由騎士団(フリーナイツ)っていうのはね」
 
 びっくりしながらも、ノインがレイオンが二十年前の『消失戦争』から貴族たちを見張る役目を帯びて立ち上げた、中立組織であると説明する。
 騎士が中心であり、権限も大きいためとても間口が狭い。
 階級があり、その頂点は剣聖。
 レイオンは剣聖の一人であり、創設者。
 とてもすごい人で、ノインの師匠でもある。
 
「貴族特攻か。シドに向いてそうだな」
「あー、やっぱりそう思うよね……ボク、シド・エルセイドに負けたことあるからアイツ嫌いだけど、確かに守ることに特化してるから向いてると思うんだ。自分の信念は持ってるし、弱い人には優しいし、自分より弱いやつには手加減するし……そこがまたムカつくんだけど! でもボクに対しては剣を抜いて本気で相手してくれたし……ああああ! 思い出しただけでムカつくー!」
 
 複雑極まりないのだろう。
 頭を抱えて悔しがる。
 院長とミニアに「病院では静かに」と叱られてしゅんとなるけれど。